アマに負けたら″坊主〝だった!マイナーに生きてきた時松隆光に光輝くトキがくるか!?

異色づくめの″源蔵〝が、またまたアマチュアとの優勝争いで棚ボタのツアー3勝目を挙げました。本名は地元福岡のお寺でつけてもらった強そうな「源蔵」なのに、登録名は時松隆光(りゅうこう)。

プロ7年目の24歳。賞金額がややマイナーの関西オープン(兵庫・小野東洋GC)。最終日はトップに立ったアマチュア、久保田(東北福祉大3年)へ1打差2位からの追撃。終盤に自滅した久保田のおかげで、最終18番もボギーをたたいた通算10アンダーの時松に、逆転優勝が転がり込んできました。

優勝賞金は1400万円。16年7月に優勝賞金1000万円のダンロップ・スリクソン福島OPでツアー初優勝してから毎年1勝ずつは稼いでツアー3勝目。子供のころからベースボールグリップ一筋の変わり種プレーヤーが、表舞台へのし上がってきそうな気配です。

☆★     ☆★     ☆★
首位と1打差2位から出た時松は、3バーディー、2ボギーでスコアは1打伸ばしただけ。11番(パー5)でボギーをたたくと1位とは2打差に広がり「優勝はないな」(時松)と、諦めかけたほどです。

ところがここからの大詰め、単独トップでスタートしたアマの久保田がティーショットを乱し始め、残り6ホールで5つスコアを落とすハプニング。最終18番はバンカーに入れてボギーとした時松は、それでも2位に上がってきた上井邦裕、今平周吾に1打差をつけての″大逆転V〝でした。

スタート前、前週Vの谷口徹から「アマに負けたら頭は丸刈りだぞ」とハッパをかけられていた時松は、危うく難を逃れたのです。

アマチュアとの優勝争いでプロの貫禄をみせた時松隆光。フェアウェイを外さないショットメーカーだ。(関西OP=兵庫・小野東洋GC)写真提供:ともにJGTO。

クラブを握り始めた5歳のころからベースボールグリップで通してきた隆光。心臓の手術を受けたことから、父親が少しでも元気になってほしいとゴルフを教えたのが始まりでした。沖学園高1年の09年に「全国高校選手権九州大会」で優勝。11年には「九州アマ」を制するほどになりました。

12年にはプロ転向。協会には本名の源蔵から隆光に変えて登録しました。15年までは鳴かず飛ばずの無名選手。やっと16年の7月に下部のチャレンジツアーで初優勝。この1勝で時松の「運」がガラリと変わりました。この勝利で出場資格を得たツアー、ダンロップ・スリクソン福島OP(7月)で大会新の25アンダーを出してツアー初優勝。

その資格で出られた同じ7月のツアー外競技「ネスレ招待日本マッチプレーレクサス杯」で大番狂わせの優勝。優勝賞金1億円という大金を手にしました。7月1ヵ月でカテゴリーは違う3大会に勝ち、優勝賞金も180万円(下部ツアー)⇒1000万円(ダンロップ・スリクソン福島)⇒1億円(ネスレ日本マッチプレー)と急上昇したのです。

しかし、ツアー外の1億円はともかく、時松の勝つ試合は格安賞金ばかりなのです。初優勝のダンロップ・スリクソンが1000万円、2勝目となった17年のブリヂストンOPは初日と最終日が台風接近で中止。

36ホール競技となって、賞金は規定の50%減で1500万円。今回の関西OPも優勝賞金は1400万円とスリムな大会で、勝つ割には獲得賞金額は控えめ。それでも今季は国内開幕からは予選落ちがなく、7試合時点で計2400万円を超え、賞金ランク7位にせり上がってはきましたが・・。

3年連続で3勝目を挙げた時松隆光の思いは?
「久保田君が一気に3アンダー差くらいまでポーンといったんで、逆にこちらはリラックスできたかもしれません。ずっと微差だったら、もっとピリピリしたかも。まあ2位でもいいやという気持ちでできたような気がします。

僕のゴルフスタイルがガンガンいく方ではなくて、パーを積み重ねるスタイルなんで、マイペースでやろうと思っていました。本当に久保田君、すばらしいプレーをしていてたので追いつけんな、と思ってました。ロングホールで、僕もOBではないと思って歩いて行ったらOBだった。それで彼、打ち直しに戻って・・ダボで。あれでこちらもいけるかもしれんなと思いました。今週は比較的距離が長くなかったんで、僕みたいな270ヤードくらいでしっかりフェアウェイにという選手が有利だったと思う。

谷口徹さんからは、負けたら坊主だぞといわれるし、青木会長からは、ウィニングパットのときぐらいはもっとリアクションをしろといわれました。秋口はビッグトーナメントが多いのに、そこで疲れたという印象が去年まであったので、今年はよく走って下半身を強化したつもりです。今平周吾さんはじめ、すばらしいゴルフをしてた連中の中で競って勝てたのは今後の自信になると思います」

ステディなきれいなスイングを身につけている時松ですが、いままでは何かとマイナーな要素に取りつかれたゴルフ人生でした。プロ7年目。もうそろそろビッグゲームの覇者になって、表舞台に上がってきてもおかしくない選手です。夏の陣から秋の陣へ、目が離せない男です。(了)

【この記事は2018-5-21 ゴルフ会員権売買の老舗 (株)桜ゴルフ『児島宏のグリーン見聞記』に掲載したものを転載しております】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

児島宏

早大第一文学部卒。昭和33年デイリースポーツ社入社。プロ野球では長嶋、王らの巨人V9時代を担当。ゴルフではマスターズ、全米全英オープンなど国内外のトーナメントを数多く取材。デイリースポーツ東京本社運動部長などを経て、現在日本ゴ ルフジャーナリスト協会員。東京運動記者クラブ会友。