2022年4月7日から10日の4日間、開催されたマスターズ・トーナメント(以下、マスターズ)における注目の1つは、昨年アジア人として初めてマスターズを制した松山英樹選手の連覇が成るか、でした。マスターズの長い歴史の中で連覇を果たしたのは、ジャック・ニクラウス(1965・66年)、ニック・ファルド(1989・90年)、そしてタイガー・ウッズ(2001・02年)の3選手のみ。松山選手には史上4人目となる連覇の期待がかかっていたのです。
結果はみなさんもご存知の通り、松山選手は通算2オーバーで14位タイ。通算10アンダーで優勝したのは、これがメジャー初制覇となるスコッティ・シェフラー選手(米国)でした。シェフラー選手はマスターズ開幕時点で世界ランキング1位でしたから、順当に実力を発揮したといえるでしょう。松山選手は残念でしたが、報道などによると、今大会は首から肩甲骨にかけての不調を抱えながらの参戦だったようです。下手をすれば、出場も危ぶまれるほどだったとか。そのコンディションでの14位タイは誇れる結果といえるのではないでしょうか。ここで改めて、松山選手の戦いぶりを振り返りながら、学べるものを探っていきたいと思います。
■不調の中で重責を果たした松山選手
マスターズの約1カ月前のこと、3月3日に開幕したPGAツアー「アーノルド・パーマー・インビテーショナル」の2日目に首から肩甲骨にかけての痛みを訴えた松山選手は、この大会こそ通算3オーバー、20位タイでフィニッシュするも、その後予定していた試合を欠場することになりました。3月21日にようやく練習を再開し、同月31日の「バレロ・テキサス・オープン」に参戦した松山選手でしたが、その復帰戦2日目前半を1アンダーで終えてから途中棄権。とても体調が万全とはいえない状態で翌週のマスターズを迎えることになったといわれています。
マスターズの前年度チャンピオンには連覇の期待の他に、大きな役割が課せられます。開幕2日前に行われる恒例行事、チャンピオンズディナーでのスピーチや、表彰式での優勝者へのグリーンジャケット授与といった役どころです。おそらく彼は、それらの大役を果たすために何としても出場をと決意していたのではないでしょうか。
今大会を迎えた松山選手、初日は3バーディー、3ボギーのイーブンパーで19位タイ。第2ラウンドはショートゲームが冴えわたり、4バーディー、1ボギーで3つスコアを伸ばし、通算3アンダー。首位と5打差の2位タイで決勝ラウンド進出を決めました。この時点で「いいプレーができた」と本人がインタビューで語っているように、タフな条件下ながら大健闘していたと思います。
続く第3ラウンドは、強風に加えて気温が低いという厳しいコンディションの中、松山選手は5オーバーと崩れ、通算2オーバーの14位に後退。首位のシェフラー選手とは11打差となり、連覇は厳しい状況になりました。それでも、最終ラウンドは5バーディー、5ボギーのイーブンパーをキープし、通算2オーバー、14位タイという立派な結果で今大会を締めました。試合後の振り返り取材で「よく痛みなく72ホールできたなと思う。トレーナーに感謝したい」と語る松山選手の言葉に、前年度チャンピオンとしての重責を果たした安堵感がうかがえます。
■何としてもボギーを打たない“守りの戦法”
松山選手は、不調を抱えながらも一時は2位タイに躍り出て、最後まで上位に残る戦いができました。その要因はなんだったのでしょうか。私なりに分析した結果、ビジネスでも参考にできる戦い方が見えてきました。それは“守りの戦法”です。
松山選手の最大の持ち味は、欧米人にも引けを取らないフィジカルの強さと、その体から生み出される飛距離です。しかし今回は、首への負担を考慮し、飛距離にはこだわらず、ショートゲームに重きを置いて戦ったのではないかと見ています。その戦いぶりが随所に見られたのが、4バーディー、1ボギーの3アンダーで回り、トップと5打差の好位置につけた第2ラウンドでした。
4番ホール(240ヤード、パー3)では、アゲンストの中、ティショットはグリーン手前のバンカーに捕まったものの、ここからピン手前1.8メートルにつけてパーをセーブ。12番(155ヤード、パー3)でも、ティ-ショットはグリーンを外し、バンカーのへりに両足を掛けながらのショットを余儀なくされたものの、ここから約2メートルのところにつけ、見事にパーをセーブしました。私が圧巻と感じたのは、その難しさから「アーメン・コーナー」と呼ばれているホールの一つ、13番(510ヤード、パー5)。ここでのティショットはフェアウエーをキープしたものの、残り225ヤードのセカンドショットをミスしてクリークに落とし、ピンチに陥ります。ところが、クリーク手前にドロップしてのアプローチを見事ピンから50センチにつけ、ナイスパーセーブしたのです。
松山選手はこのラウンド、首の不調からロングドライブで果敢にバーディーを狙っていく“攻めの戦法”ではなく、体の負担が少ないショートゲームに集中し、何としてもボギーを打たない“守りの戦法”で「力相応」に戦っているように感じられました。
人には誰でも好不調の波があります。仕事が立て込んでいて疲れが溜まっているときと、十分な休息が取れているときとでは違って当然です。ゴルフにおいても18ホールを通して見て、最初から最後まで全力、かつ好調を維持し続けられる人は稀です。ラウンドのスタート時は、まだ体が十分目覚めておらず、動きにくい状態であることが多く、逆に後半は、心身とも疲れてきて本来のパフォーマンスが発揮できなくなる場合が増えてきます。
調子のいい時は全力を尽くし、最高の結果を求めればいいのですが、不調のときに心掛けたいのは「力相応」です。通常なら7番アイアンで届く距離も、体調の悪いときは6番もしくは“ユーティリティ”と呼ばれる打ちやすいクラブで狙う。元気なときであれば1打で乗せられる可能性が高い距離であっても、疲れているときは安全に2オン狙いでいく、などです。
また、スイング面でも、疲れて体力が落ちているときは「6~7割でいい」と気持ちを切り替えましょう。パフォーマンスがピークの7割しか出せない状況で10を求めるのは「力不相応」です。7割しか出せない状況で7割のパフォーマンスを発揮できれば、それはその人にとってベストを尽くしたことになり、なんら恥ずべきことではないのです。こんな場合の「力相応」のスイングについては、ビジネス情報サイト「Biz clip」の筆者の連載コラム「ゴルフエッセー“耳と耳のあいだ”(第46回)」で解説していますので是非お読みください。
https://www.bizclip.ntt-west.co.jp/articles/bcl00032-046.html
ビジネスにおきかえれば、例えば新たなプロジェクトに着手する、勝負に出るといった場合、資金面や人材面でのパワーが十分かどうかを冷静にかつ客観的に評価し、力相応の目標になっているかを見極めることが大切でしょう。準備が明らかに足りないのに、大きな結果を得ようとするのは無謀というもの。力不相応は無理な押し付けを生み、得てしてデメリットを増やすことになりかねません。調子が整わないときは何とか手が届くところを目標に、「力相応」でベストを尽くす。これが大きな失敗をせず、確実に成果を上げる秘訣であるように思います。
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