世界レベルのゴルフに慣れることが最大のポイント
易しいコースでバーディー合戦をしているだけでは世界の扉は開かない
11月1日(月)、芝ゴルフ場(2階会議室)で、「第12回JGJA懇話会」が開催された。今回はプロゴルファーの羽川豊氏を迎え、「今年の4大メジャーを観戦して~日本のゴルフ界発展に向けて」をテーマに、日本と海外でのゴルフ環境の違い、日本のプロゴルファーが海外で勝てない理由などについてプロゴルファーの立場から見た率直な話が展開された。会場には当協会会員をはじめ、各媒体、ゴルフメーカー関係者が多数出席し、羽川プロの話に熱心に耳を傾けていた。進行役はトーナメントレポーターの中野好明氏(当協会理事)にお願いした。
メジャーで感じた海外と日本のゴルフ環境の違い
羽川 このような大勢の方の前で話をするのは初めてなので多少緊張しております。今日はプロの目から見たメジャーとテレビの画面で見るメジャーの違いをうまく表現できればと思っています。
中野 羽川さんは実際に間近でメジャーを見てこられたわけですが、最も印象に残ったことは何ですか。
羽川 そうですね、本題に入る前にまずギャラリーの話をしたいですね。これは根本的なゴルフ環境の違いだと思いますが、海外の、特にメジャートーナメントを観にくるギャラリーは、ひと言で言って目がこえてる。ゴルフを良く知っていますね。この原因を自分なりに分析すると、日本では昔からゴルフはお金がかかるスポーツ、という捉え方をされています。しかし海外のコースは安い上にクラブ1本持って行けば簡単にプレーができる。つまり彼らにとっては非常に身近なスポーツなんですね。日本のようにコースまで何時間もかかって、高いプレー料金では年に数回しかプレーできません。そういう根本的な環境の相違でギャラリーのゴルフに対する見方、考え方も違ってくるんでしょう。ゴルフの底辺の厚さが1枚も2枚も上と思いましたね。こういう環境の中では、プロも生半可なプレーはできない。これも強い選手が生まれる一要因だと思いましたね。
世界ナンバー1の大会、全米オープン
中野 今年最初に行ったメジャー、全米オープンではいかがでしたか。
羽川 まだレポーターに転向したわけではないんですけどね(笑)。まずメジャーを選手の立場で感じたときに、賞金よりも名誉が先にくるんです。それを受けて、コースセッティングも相応しいものにしていく。自ずとシビアな状況になりますよね。特に全米オープンは、ギャラリーはもちろんボランティアの人までがゴルフに精通していて、全員で大会を盛り上げている。コースセッティング、運営方法の素晴らしさはメジャーの中でも群を抜いていました。そんな状況の中で戦える選手達は幸せですよ。「勝ちたい」という意欲が一層高まるでしょう。
中野 そういった意味ではマスターズ以上に、全米オープンはゴルファーであれば一度は出場したい、という気持ちになるんでしょうね。
羽川 プロだけではなくアメリカのゴルファーの夢だと思いますよ。
中野 では、今年の開催コースの特長について少しお話いただけますか。
羽川 はい、今年の全米オープンはパインハーストナンバー2コースで行われたんですが、いつもよりフェアウエイが比較的広く、各ホール大体25ヤードはありました。ティーショットにプレッシャーがかからない分、アイアンショットが明暗を分けるようなセッティングが特長といえます。グリーンは砲台で、回りの芝をカットしてあったので、いかにアイアンショットでグリーンを正確に捕らえるかが勝負の分かれ目。しかもグリーンの各所にマウンドがあって、その面に対してピンが切ってある。つまりボールを捻ってピンを狙うとキックによって全部グリーンを出ていってしまうんです。
中野 ボールを捻るというのはフェードやドローボールでボールを曲げて攻めるということですか。
羽川 そうです。分かりやすく説明すると、わずかなサイドスピンも許されないストレートボールが、ショートアイアンからロングアイアンまでに要求されたわけです。これは口では簡単に言えますが、相当な技術が必要ですよ。この難しい状況の中で、自分をコントロールして4日間集中できたプレーヤーだけが勝利に導かれるということですね。
中野 試合の方はフィル・ミケルソンとペイン・スチュワートの戦いになりましたね。そして最後は集中力でスチュアートが勝ったと私には思えたのですが。
羽川 結果的にはそう思いますね。最終日の15番ホールからは、この2人の組に密着していましたが、明暗を分けたのが17番のパッティングでしょう。
中野 確か200ヤードを越すパー3で、共にピンそばにナイスオンでしたね。
羽川 展開のあやでしょうが、ミケルソンがバーディーパットを外して、スチュワートが決めた。キーポイントでねじ込んでくる勝負強さと集中力が光りましたね。
中野 最終ホールもスチュワートはティーショットをラフに入れてピンチだったと思いますが。
羽川 あの瞬間に、間違いなくプレーオフだ、1日帰るのが遅くなるなと思いました。日本では考えられないラフの深さでしたから。しかし、見事なショットでグリーン手前50ヤードに運び3打目を4メートルにつけた。この緊張感の中で4メートルをどう打つのか、スチュワートがパッティングをするとき、パターヘッドの動きだけをジッと見ていました。
中野 入れれば勝ちという状況ですね。
羽川 彼はとても冷静で、手もヘッドも全然ブレずにヘッドが真っ直ぐに動いていました。完璧なストロークで締めくくりましたね。極度の緊張状態のはずなんですが、どうしてあれだけどっしりと構えられて、ストロークできるのかと驚きましたね。
中野 それは技術的な面ではなく精神力なんでしょうね。
羽川 そうですね。メジャーで勝つ為の最も重要な要素でしょう。日頃から厳しいコースセッティングと高いレベルの中でプレーしているからこそ、ここ一番で力を発揮できるんです。だから日本人選手もいつもいつも厳しい状況で戦っていれば可能性は出てくるのかな、と頭をよぎりましたね。
中野 不幸にもペイン・スチュワートは亡くなったわけですが。同年代としてはどのような思いですか。
羽川 非常に残念です。若すぎる死ですし、やり残したことはあったと思いますが、いい一生だったのでないでしょうか。少なくとも全米オープンの戦いを観た者としてはそう感じます。彼の雄志を瞼に焼き付けられたことは幸せに感じます。
マスターズで痛感したパッティングの重要性
中野 話は前後しますが、マスターズについて少し話を聞かせて下さい。今年羽川プロは実際にはオーガスタに行かれてはいませんが、マスターズ出場の経験もある。今年のマスターズはどんな印象でしたか。
羽川 はい、テレビ観戦でした。今年のマスターズはノーマンとオラサバルの一騎打ちでしたね。ゴルフは最終的にはパッティングの勝負になるんですが、ショットに関してはノーマンの方が数段良かった。ドライバーからアイアンまで本当に完璧だったんですが、敗因は14番の簡単なセカンドショットをミスしてボギーを叩いてしまったことでしょう。激しく競った中でボギー。メジャーでは特に、これが命取りとなる。我慢して凌いでチャンスを物にできないとメジャーには勝てないんだな、と痛感しました。
中野 ボギーを打たないというのは、パッティングの技術が必要だと思いますが、具体的には何かありますか。
羽川 いろいろ考えて見たんですが、パッティングの上手い人というのは、ボールを強くヒットしてカップに入れられる人なんです。よく青木さんが東洋一とか世界一とか言われましたけど、まさにヒットできるパットなんです。最近の日本の選手は、あまりにもラインを出そうとして形ばかりにこだわっている人が多すぎます。日本のグリーンが良くなって、ラインに乗ればそのまま入ってしまうからなんですが。しかし、メジャーを勝ちに行くには打たないとだめですね。世界に目を向けるなら、パッティングスタイルにこだわらず「入れる打ち方」を身につけることが先決ではないでしょうか。
中野 羽川さんはマスターズで15位になっていますが、私が感じるに、パッティングも含めてオーガスタは難しい。マスターズは日本人が最も遠いタイトルのような気がするんですが。
羽川 やはり1人、2人で乗り込んで行くと、日本の代表というプレッシャーがすごくかかるんです。それに潰されているところが大きいと思います。10人、15人くらいで大挙していけば、重い荷物を背負わなくて済みますからチャンスは出てくるでしょう。なかなか機会はないでしょうけどね。
全米プロで感じた圧倒的な体力の差
中野 そろそろ全米プロの話に移りたいと思います。
羽川 日本からは直道さん(尾崎)の他、伊沢利光、丸山茂樹、田中秀道が出場しました。練習ラウンド、練習場では向こうのギャラリーが「あの素晴らしいショットをしているのは誰だ」と私に聞いてくるほど、ドライバーの飛距離、アイアンの切れは素晴らしかった。しかし7300ヤード位の長いコースでは、どうしてもロングアイアンを多用しなければならない。それが疲労の蓄積を生み、スイングの微妙な部分を狂わすんです。初日、2日目まではコンディションをキープできても4日間はもたないんです。スイングも狂い出すと難しいコースでは大きなミスが待ち受けている。よって日々順位が下がってしまうのです。そんな彼らを見ながら感じたのは外国人との体格、体力の圧倒的な差です。技術的には世界に近づいても体力面ではまだまだ通用しない。技術面と併せて積極的な基礎体力の向上が、日本人選手に課された使命ですね。
中野 ツアーを転戦する距離も日本とは比べ物にならないほど長い。プレー以外のそういった過酷な状況も経験すべきことでしょう。
羽川 そういう面では、日本のツアーも選手に厳しい状況をどんどん与えていくべきだと思います。
勝つことの難しさとゴルフの怖さを教えてくれた全英オープン
中野 順序が逆になってしまいましたが、最後に全英オープンの感想を聞かせて下さい。
羽川 今年はカーヌスティで行われたわけですが、今まで見た中では一番難しいコースではなかったでしょうか。アマチュアの人は行かない方がいいですね(笑)。プロでも余程、コンディションがいい状態でないと制覇できないですよ。
中野 イギリスの人は、それを誇りに思っているんでしょうね。
羽川 アメリカのコースは手作りで、ヨーロッパは自然をそのまま生かしたレイアウトですからね。ゴルフ発祥の地だけあって、全英オープンでは自然との厳しい闘いが毎回見られます。それはゴルフを難しくする要因である硬いグリーン、風、ラフが全て揃っているからなんです。それに加えて今回のカーヌスティは、距離を落としてでもピンポイントにフェアウェイキープしなければ、スコアになっていかないセッティングでした。イギリスとアメリカの選手が根本的にスイングが違うのもうなずけます。コースの作り方が全く違うわけですからね。
中野 今回は誰もがジャン・バンデベルデの優勝を確信していたと思いますが、なんとも劇的な幕切れでポール・ローリーが逆転優勝しましたね。
羽川 最終日はバンデベルデがイーブン、ローリーが10オーバーでスタートしていきましたが、はっきりいって10打差でもセーフティーゾーンではなかったと思います。それほど、コースが厳しかった。ほんとに大変だったでしょう。ローリーが追い上げて勝ったのも、幼い頃からラウンドしていた地元のコースという利が大きかったのではないでしょうか。
中野 問題の最終ホールのシーンなんですが、ジャスティン・レナードとローリーが6オーバーでホールアウトして、バンデベルデは最終ホールを3オーバーで迎えた。あの難コースを3日間と17ホール回って3オーバーですから、1ホールでおなじだけ崩すとは思えませんでした。
羽川 そうですね。みなさん疑問に思っているのが、なぜバンデベルデは最終ホールでドライバーを手にしたのかでしょう。ティーグラウンドに立つと分かるんですが、手前が池で左がOB、しかもアゲンスト。相当なプレッシャーがかかっていたはずです。あそこでアイアンを持つ勇気は、メジャー初出場の彼にはなかったんでしょうね。結果的には狙い目の17番のフェアウェイ方向に行きましたが、
実はミスショットなんです。
中野 あれは、わざと狙ったのではない?
羽川 左サイドがOB。しかも極度の緊張状態ですから、振り切れずにスライスになった。たまたまベストポジションをキープできただけなんですよ。たぶんあの時点で、ホッと一息ついてしまったんでしょうね。もしアイアンを持ってミスショットし、池にでも入れてしまえば、逆に冷静さを取り戻して勝てたかなとさえ思いました。つまりティーショットのミス。それが思わぬラッキー。そこでバンデベルデは勝てたと思ってしまったのではないでしょうか。
中野 実は次の日にラウンドしたときに、たまたま私の組にバンデベルデのキャディーがついて、「セカンドショットの距離を間違えて教えてしまった」と言っていました。
羽川 だいたい176ヤードの距離だったと思います。そこを200ヤード以上あるとジャッジしてしまったんですね。にもかかわらず右側のスタンドぎりぎりを狙っていったわけです。2打目は予想通り左のOBを嫌がって右へプッシュアウト。それが看板の継ぎ目に当たって池に入ってしまった。一か八かの勝負をなぜしたのか。あの状況は8番か9番アイアンでグリーン手前にきざむのが常套手段。敗因は冷静さを失った2打目の判断ミスでしょう。それがほんの少しの気のゆるみや、集中力の欠如で起きてしまうのがゴルフ。いずれにしても今回の全英オープンは、バンデベルデが勝つことの難しさとゴルフの怖さを最終ホールで見せてくれましたね。
世界レベルではゴルフもアスリートの時代
中野 では最後に日本の選手が世界に通用するためにはどうすればいいか。お考えを聞かせて下さい。
羽川 やはり海外との大きな違いは環境。バーディーラッシュのトーナメントではなく、難しいコースに挑戦していくような状況を期待したいものです。今年の小樽CCで開催された、日本オープンのような厳しいセッティングが普及すれば、世界を目指せるプレーヤーが現れるでしょう。たとえば、10オーバーが優勝スコアになった今年の日本オープンですが、仮に翌週、あの日本オープンと同じ状況でトーナメントが開催されたら、スコアは大きく伸びたはずです。つまり世界レベルの難しいコンディションを経験し、慣れることが最も大切だと私は思います。また、先ほども言いましたが、体力的な問題を継続的なトレーニングで克服し、同時に優秀なティーチングプロの誕生、育成も早急に望まれるでしょう。それとゴルフを多くの人に理解してもらうために、積極的なゴルフの底辺拡大を実現していく必要があると思います。全てはゴルフを身近なスポーツ、完全なスポーツとして捉え、世界に通用するアスリートゴルファーの礎を築くためなのです。私も微力ながら日本のゴルフ発展のために協力していきたいと考えています。本日はありがとうございました。