【この記事は2020-9-21,23に大西久光ブログに掲載したものを転載しております】
ゴルフを始めた当時、もともと老人のスポーツと思い込んでいたこともあって、簡単にうまくなるだろうとタカをくくっていたものだった。
初めてコースに出たのが、仁川の競馬場の中にあるゴルフ場で、ハーフ52。この分ならすぐにもシングルになってしまうとさえ思っていた。
ところがそんな思惑は全く浅はかであって、その後イヤというほどゴルフの難しさを思い知らされることになる。
真直ぐ打ちたいと思えば思うほどスライスし、遠くへ打ちたいと思えば思うほどトップしたりダフったりした。
「OBさえしなければ45だったのに」とか「3パットしなければ…」と身勝手な計算をしては仁川のコースをぐるぐる回った。
朝6時から夕方6時まで休みなくラウンドする毎日だった。1日良いと思えば次の日は悪い。もうこれで大丈夫だと思えば、また大スライスという調子で、いつまで経っても上手にならなかった。
当時の私にとって、そんな難しさが魅力と思えるほどの余裕などなかった。短気で負けん気の強かった私は、コースやクラブに当たり散らしたりするのだが所詮、空しいだけだった。
小柄だが腕っぷしだけは自信のあった私のスウィングは滅法早かったし、ゴルフ部の先輩も
「そんな目に止まらないスウィングは直しようがない」
と、見放していた。
「ゆっくり振るようになるまでは教えてやらない」
と、言われるのだが、それすら容易にできない。なにしろ滅茶苦茶クラブを振り回していた私は、自分で研究し、矯正していくしか他に上達の方法はなかった。
1日に500、1000とやみくもにドライバーでボールをひっぱたく。
満足な手袋など買えない時代である。それこそ掌はマメだらけ、血が滲み出てもひたすらボールを打ち続けた。それでも少しも上手くならない。そこでウエイトトレーニングをやる、バーベルを持ち上げる、ランニングをやる、良さそうなことはとにかくなんでもやってみた。
そのうち、ウエイトトレーニングにむしろ夢中になってしまい、2ヶ月もするとプレスで70kgも上がるようになって、ウエイトリフティングに転向しようかとも思ったほどだ。
しかし、そんな自分がまた悔しくなり、ドライバーを持って練習場へ行き、丸1日打ち続けたりしたものだ。
そうしてゴルフに没頭していったのだが、それでも到底納得のいくようなゴルフではなかった。ミスをするたびに悔しさばかりがつのって行った。
例えば、これがボクシングのような格闘競技であれば、その悔しさを相手にぶつけることができる。だが、ゴルフの場合、直接相手に手を出すことなど出来るわけもない。
敵がいるとすれば、それはコースという自然であり、その自然が相手だからこそどんなミスも必ず自分のところへ戻ってくるのがゴルフだ。
そんなフラストレーションとの葛藤が、自分自身の中に少しずつ忍耐力というものを養い始めていた。それまでの短気な性格が直っていったのも、ゴルフが自然との闘いであり、コースとの自然が耐えることの大切さを教えてくれたからにほかならない。
確かに、私はそうして忍耐することをゴルフから学んでいった。だが、若い私が突然悟りを開いたわけではない。
クラブをたたきつけ、コースにあたることが度々あったし、そんな苦しさから逃げ出そうと思ったこともあった。クラブを放り出し、1日相手にしないこともあった。しかし、そうして逃げ出してしまった自分がますます惨めに思えてきた。
それでまた、たまらずクラブを握る。コースへ駆けつける。500発、1000発とボールを打つ。ある時は少しは良くなったように思えるし、またある時はますます酷くなったような気になる。
そんなことの繰り返しで1年が過ぎ、なんとかシングル入りを果たした。しかし私の目標はシングルになることで達成されたわけではなかった。試合に出て相手に勝つことが当面の目標だった。
ところが、それがまたなかなか上手くいかない。自分より上手で、その上、経験を積んできた選手が何人もいた。それらが新しいプレッシャーとなって私にのしかかってきた。生来の負けん気の強さは、さらに私に惨めな想いを課してきた。
しかし、それでも私はゴルフとは素晴らしいスポーツだという確信が抱けるようになっていた。コースとの闘い、自然との対決では、たとえそれがどれほどアンラッキーな結果であったとしても甘んじて自分が受けなければならない。全てが自分自身へと返ってくる。
その厳しさこそ、ゴルフの真の素晴らしさだと思うのだ。
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