今年の第99回全米プロゴルフ選手権は、ノースカロライナ州、シャーロットのアップタウンから10キロに位置するクエイル・ホロー・クラブで開催されました。1961年に開場したジョージ・コッブ設計のゴルフ場です。
毎年5月に開催されているPGAツアーのクエイルホロー選手権の会場として使用されてきました。昨年5月のツアー開催後、大がかりな改修が加えられ全長7600ヤードパー71、全米屈指の難コースに生まれ変わりました。池と小川が絡んだ16番からの上がり3ホールは、「グリーンマイル(死刑台の道)」と名付けられ、米ツアー公式サイトでは「ツアーで最も難しい上がり3ホール」と紹介されています。
私の全米プロ選手権の取材は、2013年から今年で5年連続となります。ちょうど松山英樹選手がプロ入りした年の2013年、ジャイソン・ダフナーが優勝した年からです。その年、松山プロは初出場ながら19位タイに入りました。その時から足掛け5年、松山プロの活躍を現地で観て来ることができました。
今回は、前週に行われたブリヂストン招待・世界ゴルフ選手権で最終日に1イーグル7バーディー0ボギーの61という驚異的なスコアで優勝した勢いそのままに、現地では松山が優勝候補ナンバーワンに挙げられていました。
今シーズンすでに3勝をあげ、世界ランク3位の実力からすれば、それも当然のことかもしれません。米PGAツアーの松山プロは、日本人選手という以上に世界のトップ選手として認識される存在となっていました。
ジェイソン・デイは、松山がブリヂストン招待に優勝した後に、「おめでとう。信じられないようなプレーだったよ。また来週な」と祝福のメッセージを送っています。そして「先週の優勝だけじゃなく、いつ勝っても、あいつは最後までドライビングレンジにいて、パットをして、何かを練習している。ただ勝つために、ここにいる誰よりも一生懸命だと思う。だから先週の優勝も驚かない。今週また勝ったとしてもね」とコメントしていました。
その前評判どおり、松山プロは二日目に7バーディーノーボギーのベストスコアをマークしてトップタイに躍り出ました。ツアー屈指の難しいクエイル・ホロー・クラブをねじ伏せた圧巻のプレーでした。コース内では、「ヒデキ!」という声援が随所で聞かれ、強さと人気を兼ね備えた選手として米ツアーでのポジションを確立していたように感じました。
そして首位と1打差の2位でスタートした最終日、出だしの1番と2番で2メートル以内のパットを2回連続で外したのにもかかわらず、世界ランク3位の抜群のショット力で盛り返し、10番を終わって単独首位に立ちます。メジャー挑戦21試合目の今回が実質的に初めて優勝争いとなり、「アマチュア時代のようなプレッシャーを感じた」と言うように、11番から3連続ボギーとなりました。
逆に一緒に回っているジャスティン・トーマスが13番で15ヤードのチップインバーディーを決め、トップの座を明け渡します。しかし松山は続く14,15番を連続バーディーとして、トーマスに1打差に詰め寄ります。しかし16番で1.5メートルのパーパットを外してしまいました。最終日だけで2メートル以内のパットを実に4回も外したことになります。それでも堂々と優勝を争い、終盤まで手に汗握る試合を展開したのです。
私も含め、ロープ内を一緒に歩いた日本のメディアは「優勝できなくて大変残念だけど、良いものを見せてもらった」という思いでした。ラウンド直後に号泣し崩れ落ちた松山プロを見て、貰い泣きをした方々も少なくないでしょう。
「勝てる選手になりたい」と振り絞るようにコメントをだしましたが、その本当の悔しさは本人しかわからないでしょう。優勝の感激にひたるジャスティン・トーマスと対照的で、勝負の世界の厳しさを垣間見た気がします。解説者のデビット・デュバルが「松山は近い将来必ずメジャーチャンピオンになるだろう」とコメントしているように、この惜敗が松山プロの成長の糧となることは間違いないでしょう。
スタートホールだけで3打差がつく状況だったのに、ゴルフはわからないもの
「勝負にタラレバはない」と言いますが、試合の流れは、1番2番で大きく変わっていたかもしれません。スタートホールで、会心のティーショットから、目の覚めるようなセカンドショットをピン横1メートルにつけた松山。
それに対して、トーマスは、ティーショットを左バンカーに打ち込み、セカンドショットもグリーン左のバンカーへ。3打目のバンカーショットをなんとホームランして、グリーン反対側のバンカーに入れます。次のバンカーショットもスピンをかけることができずに、ピンを大きく5メートルもオーバーしました。
しかし、なんとそのボギーパットをジャストタッチでカップインさせたのです。スタートから、4回もミスショットを重ねながら、最後のナイスパターでボギーにしのいだのです。二人が1番グリーンに乗った時、だれの目にも松山がバーディー、トーマスのダブルボギーが確実に思いました。すなわち、このスタートホールだけで3打差がつく状況だったのに、ゴルフは分からないものです。
トーマスの、スーパーパットの後、あらぬことか松山が1メートルのバーディーパットを外したのでした。スーパーショットを2回も続けざまに放ったのにもかかわらず、上がってみれば、このホールで1ストロークの差しかつかなかったのです。本来なら、1番ホールで松山プロが、トーマスをノックアウトKOし、先週のブリヂストン招待のように、ぶっちぎりで独走優勝できたのではと思われたのが、トーマスの見事なパットで展開が変わったといっても過言ではないでしょう。
2番ホールでも、グリーン上で明暗がわかれてしまいました。1番のスーパーパットで気をよくしたトーマスが、4メートルのバーディーパットを決めたのに対して、松山は2メートルのパーパットを外してしまったのです。1番ホールでノックアウトKOから逃れたトーマスが2番のバーディーで完全に生き返った形となりました。
しかし1番2番のパターが入らなくても、優勝争いを続けて行くことができたのは、やはり松山プロの底力でしょう。10番ホールの5メートルのバーディーを決めて、ついに単独首位に立ちました。しかし、同じ10番パー5でトーマスに奇跡が起こります。3メートルのバーディーパットが入らずカップ淵でと止まってしまいました。茫然とするトーマスの表情が安堵に変わったのは、5秒後にカップ淵で止まっていたボールが「コロン」とカップインした瞬間でした。
勝負の女神がまたしてもトーマスに微笑んだ瞬間でした。それはトーマスのマーカーである松山が、トーマスのスコアカードに「5」の数字を書き込んだ後におこった出来事でした。松山は、スコアカードの数字を「4」に書き換えて、「何か持っているな」と感じたと言います。勝負に「モシ」は無いですが、1番ホールのトーマスのボギーパットが最終日の展開を大きく変えてしまったような気がします。
今回の勝負の展開は大変残念でした。18番グリーンサイドで泣き崩れる松山プロを見て私の涙腺も緩んでしまいました。しかし、次回が楽しみになって来ました。トーマスに何度となくツキがあった今回でも、堂々と世界ナンバー3としての横綱相撲の勝負ができました。「勝ちたい人間になりたい」と言う松山プロは、自分自身の願望を実現する努力を誰よりも惜しむことはないのだから。
日本プロゴルフ協会・A級ティーチングプロ 大東将啓
この記事はゴルフ&ゴルフに掲載されたものを転載しております。
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