JGTOの近況

【この記事は2018-12-17に大西久光ブログに掲載したものを転載しております】

2016年3月青木体制になり、2年間JGTOの副会長として、主に政策委員会、マッチプレーの企画等ツアー改善に努めました。
また、そこからJGTOの欠陥を知ることも出来ました。
これからの改善点については次回に指摘することにしますが、まずは青木体制になってからの主な改善点を挙げようと思います。

1.20歳代の若手選手が成長した

2019年シード選手はマネーランク66位となりましたが、賞金王の今平(26)、3位稲森(24)、最年少の星野(22)など外国選手を含めると26人が20歳代となり、若返りました。

2.外国選手が30人と増えた

韓国13人、オーストラリア6人、タイ2人、フィリピン2人、南ア、インド、米国、台湾、ニュージーランドンなど9か国と国際性豊かなツアーになりました。
一部には外国人選手が多すぎないか?との批判もありますが。

3.アベマTVがスポンサーになった

チャレンジツアーにアベマTVがスポンサーとなり、3日間競技賞金2千万円以上になったことで若い選手の競技経験が増えました。(2019年は13競技を予定しています)

4.ゲストと選手の交流が深まった

プロアマが参加選手の練習日という考え方から、ゲストの日に変わり、プロとアマが同じティーでプレーするようになって、ゲストと選手の交流が深まりました。

5.米国ツアーとの10年契約が成立し、協力関係が深まった

その結果、2019年から秋に米国ツアーが開催されることになりました。

6.選手の技術向上

米国ツアーでの経験者が中心となり、コースセッティングやホールロケーションの改善が行われました。
それは、選手の技術を上げる上で大きな力になっています。

7.選手から理事になった3人が力を発揮できるようになった

渡部司氏は現役からシニア選手になって、心境の変化があったことを現役選手へ伝えて、適切なアドバイスをし、佐藤信人氏は国際的な経験からのアドバイスをしてきました。
田島創志氏は良いコースセッティングを行い、活躍しています。

8.システムの取り決めが出来た

16回の政策委員会によって、シード権の設定などいろいろなシステムの取り決めができました。以上は特徴的な前進のみを上げましたが、

その一方で将来への5年計画は全くの手つかずになっています。
若手が伸び、国際性が増したツアーが更に伸びるための将来像が見えていません。

次回にはこれからの改善点について指摘していきたいと思います。

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ABOUTこの記事をかいた人

大西久光

1937年2月10日、兵庫県西宮市生まれ
1995年 関西学院大学商学部に入学。大学時代ゴルフ部キャプテンとして関西リーグ戦に優勝。
1959年 関西学院大学を卒業し㈱日本ダンロップ(現:住友ゴム工業㈱)に入社。
ゴルフボールの販売推進を第一歩に、ゴルフ用品の商品開発に従事するなど、ゴルフビジネス一途に専従する。
1973年 ㈱ダンロップスポーツエンタープライズの創設と同時にゼネラルマネージャーとして出向。
1975年 同社取締役就任、1982年 同社常務取締役就任。
1986年 住友ゴム工業㈱及び㈱日本ダンロップに帰属し、スポーツ用品副事業部長。1988年 取締役
スポーツ事業部長。1991年住友ゴム工業㈱常務取締役に就任。
1994年 ㈱ダンロップ スポーツ エンタープライズ代表取締役副社長。
1998年 同社代表取締役社長に就任。
住友ゴム工業およびダンロップスポーツエンタープライズ在籍中、トーナメントディレクターとして約300のプロゴルフトーナメント、テレビマッチやゴルフレッスン番組など約600本を企画運営する。1973年よりテレビ解説を始め、約350本のTVマッチ及びダンロップ
フェニックストーナメントなど約150本以上のトーナメント解説を行う。
ゴルフトーナメント、ゴルフイベントのプロデュースを行う事で、ゴルフコース設計の重要性を認識し、ゴルフ場設計にも関わる。
1999年 住友ゴム工業㈱および㈱ダンロップスポーツエンタープライズを退職退任
㈱ターゲットパートナーを設立し、代表取締役に就任、現在に至る。
現在の主な役職
公益社団法人 ゴルフ緑化促進会 理事長(2007年 就任)
日本ゴルフ関連団体協議会 常任理事(2007年 就任)
NPO法人 日本芝草研究開発機構 副理事長(2008年 就任)
㈱サイプレスクラブ 代表取締役社長(2003年 就任)
南部富士㈱ 取締役(2002年 就任)
ゴールドウイン開発㈱ 顧問(2006年 就任)
ゴールデンバレーゴルフ倶楽部 評議員、理事、キャプテン(2008年 就任)
千刈カンツリー倶楽部 アドバイザー(2014年 就任)
サンコー72カントリークラブ 顧問 (2014年 就任)
魚津国際カントリークラブ 顧問 (2015年 就任)
メモリアルトーナメント・キャプテンズクラブ(USA) メンバー(1985年 就任)
主な著書
Golf World & Nippon(2009年5月)
温故知新(2006年6月)
ゴルフ雑記帖(2000年10月)
青木功の諦めないで自分を変えろ(1998年3月)
ゴルフボール-その飛びの秘密(1986年12月)