中部銀次郎さんが説き続けた究極のアドレス

日経電子版2017年3月16日配信

「ゴルフ(スイング)でいちばん大切なのはアドレス。アドレスが間違っていなかったら、大きなミスはほとんど起きない」

アマチュアゴルファーの中部銀次郎さんは生前、事あるごとにアドレスの重要性を語っていた。

2001年に59歳で亡くなった中部さんは、甲南大学2年生のときの1962年、20歳5カ月の当時史上最年少記録で日本アマチュアゴルフ選手権に初優勝。64年、66年、67年、74年、78年にも勝ち、史上最多の6勝を挙げている。

60年代後半から70年代にかけて途切れている時期があるが、これはゴルフの手ほどきをしてくれた父・利三郎さんが亡くなったショックから、約3年間ほとんど競技会に出なかったことも影響していて、それがなければもっと勝っていたのではないかといわれている。

さらに、30歳を超えてからカムバックした70年代は、後にプロになる中嶋常幸、倉本昌弘、湯原信光ら、勢いのある若手選手たちを向こうに回しての戦いの中でつかんだタイトルでもある。その強さは、当時を知る人たちに強烈な印象として今も残っている。

■最後の静止状態こそ一番大切

アドレス。日本ゴルフ協会発行のゴルフ規則の中の用語の定義には「球の直前または直後の地面にクラブを置いた時に、そのプレーヤーはアドレスしたことになる」とある。

中部さんのいうアドレスはもう少し広範囲で、そのときの姿勢はこうあるべきだ――といった指摘も含まれていたが、いずれにしても、これからボールを打とうとする最後の静止の状態こそが一番大切であると強調した。

打球方向を確認したり、グリップ、スタンスなどをチェックしたりするセットアップ、ルーティンはゴルファーによって千差万別だが、静から動に変わるアドレスの一瞬は、正しくあるべきだ――というのが中部さんの自説、持論だった。

ボールの後方にクラブをセットするとき、多くのゴルファーはごく自然に置く。しかし、中部さんは違った。クラブフェースの真ん中、まさにインパクトのときにボールをつかまえたいフェースの中心を、しかもできる限りボールに近づけて構えるのだ。もちろん、フェース面はターゲット方向に真っすぐに向いている。

つまり、アドレス=インパクト。「インパクトはアドレスの再現」といわれるが、逆も真なり――である。

ボールに対してクラブフェースをどうセットするか……。現役時代の中部さんと、当時アマチュアだった湯原は、このことで何回も激論を交わしたそうだ。

■ボールにできる限り近づける

ボールにできる限り近づけるべきだとする中部さんに対して、湯原はボールからちょっと離し、しかも多少オープン気味にセットするほうがしっくりくると主張して譲らなかった。中部さんがインパクトを考えたアドレスだったのに対し、湯原のそれは一連のスイングの中の通過点を考えてのものだったという。

中部さんは、体の自然な動きを嫌っていたようだ。体が自然な動き(楽な動き)をしていては、ゴルフスイングは成り立たない。「いや、ゴルフスイングはもっと自然でシンプルなものだ」という人もいるだろう。しかし、中部銀次郎という人は、ゴルフスイングは複雑だ。だから常に同じ動きができるようにしなくてはいけないと信じ、それを実行した。

そのスタートとなるアドレスこそ、ゴルフスイングで一番大切だと言い続けていた。だから、アドレスが間違っていなかったらスイングが狂うことはない――と。

その湯原は、亡くなった中部さんと同じ年になった今、当時を振り返る。

■「誤差嫌う人だったから…」

「中部さんは誤差を嫌う人だったから、きっちりとしたかったんでしょうね。構えたとき、いつも同じ景色になっていなくては嫌だった。だから常に同じ姿勢を求めた。人間は感情の動物だから、いろんな反応をする。しかも、あるレベルから上のゴルファーはそれができてしまう。それをできる限り排除したかったんだと思います。ボクもケガや病気など、いろんなことを経験して、昔、中部さんに言われた『まっすぐに座れ』だとか、『いつも同じところに物を置いておけ』だとかを実感するようになりました」

こんなエピソードも披露してくれた。

現役時代はたばこを吸っていた中部さん。一緒に飲みにいき、しばらくたって中部さんの前にある灰皿を見ると、ほとんど同じ長さで同じ形をした吸い殻が、何本もきれいに並べられていた――。

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