世界のスーパースター

【この記事は2015-04-22に大西久光ブログに掲載したものを転載しております】

2015マスターズがタイガーの後継者を決める節目になるのでは?
と感じてきましたが、どうやらそんな気配になりました。

その一番手は世界ランク1位、メジャー4勝で2015マスターズに勝てばメジャー3連覇とグランドスラム達成になるマキロイ(25)でした。

もう一人は2015マスターズの覇者、ジョーダン・スピース(21)です。
スピースは昨年のマスターズで優勝争いをして、2位でしたが、その時から注目されてきました。
なんと言っても世界のゴルフ大国の米国ファンが受け入れたいプロをタイガーの後継者にしたいでしょうから。

過去のバレステロス、ノーマンやファルドも実力充分でしたが、タイガーのような世界的なスーパースターとは少し違っていたように感じます。
米国のファンが米国プロを待望しているからです。

スピースは1997年タイガー優勝-18に並ぶ最高記録で勝ちましたが、当時とは300ヤードほど距離も伸びて、難易度が上がっていますから、当時以上の大記録と言って良いのでしょう。

マナーの良さから先輩達からの評判も良いそうです。自閉症の妹エレンを「私にできない苦労を受け入れている」と可愛がっていることも彼の人間性を物語っています。

優勝した後の記者会見で
「マスターズに関与してきた人たちが大切にしてきた伝統を受け継ぎ、守り続けます」
とのコメントはとても21歳とは思えない感動的な言葉でした。マスターズの関係者にとって、これほど嬉しい言葉はなかったでしょう。スピースはマスターズを終わって、世界ランク2位になりました。

1位を守っているマキロイは過去4人しかいないグランドスラムがかかっていたためかいつもより緊張感が強く、1日目につまづいて、追いつけませんでしたが、実力NO1の力を持っています。

マキロイはクラブを池に投げ込んだマナーや米国選手ではないという不利な面もありますが、米国ファンにも人気がありますから、二人の戦いがこれからの世界のゴルフ界にとって、最大の焦点になります。

そして個人的には、2016年のオリンピックで二人の戦いになればと願っています。その時に日本の松山英樹がそれに割り込めばもっと凄いことです。松山は世界ランク15位になりました。過去最高の日本のプロになったと断言しても良いと思います。

また、余計なお世話かも知れませんが
3人の共通のテーマはどんな人と結婚するか?ではと思っています。
バーバラさんの支えによって、大成功したニクラウスのように素晴らしい奥様を選んで欲しいと願っています。

ABOUTこの記事をかいた人

大西久光

1937年2月10日、兵庫県西宮市生まれ
1995年 関西学院大学商学部に入学。大学時代ゴルフ部キャプテンとして関西リーグ戦に優勝。
1959年 関西学院大学を卒業し㈱日本ダンロップ(現:住友ゴム工業㈱)に入社。
ゴルフボールの販売推進を第一歩に、ゴルフ用品の商品開発に従事するなど、ゴルフビジネス一途に専従する。
1973年 ㈱ダンロップスポーツエンタープライズの創設と同時にゼネラルマネージャーとして出向。
1975年 同社取締役就任、1982年 同社常務取締役就任。
1986年 住友ゴム工業㈱及び㈱日本ダンロップに帰属し、スポーツ用品副事業部長。1988年 取締役
スポーツ事業部長。1991年住友ゴム工業㈱常務取締役に就任。
1994年 ㈱ダンロップ スポーツ エンタープライズ代表取締役副社長。
1998年 同社代表取締役社長に就任。
住友ゴム工業およびダンロップスポーツエンタープライズ在籍中、トーナメントディレクターとして約300のプロゴルフトーナメント、テレビマッチやゴルフレッスン番組など約600本を企画運営する。1973年よりテレビ解説を始め、約350本のTVマッチ及びダンロップ
フェニックストーナメントなど約150本以上のトーナメント解説を行う。
ゴルフトーナメント、ゴルフイベントのプロデュースを行う事で、ゴルフコース設計の重要性を認識し、ゴルフ場設計にも関わる。
1999年 住友ゴム工業㈱および㈱ダンロップスポーツエンタープライズを退職退任
㈱ターゲットパートナーを設立し、代表取締役に就任、現在に至る。
現在の主な役職
公益社団法人 ゴルフ緑化促進会 理事長(2007年 就任)
日本ゴルフ関連団体協議会 常任理事(2007年 就任)
NPO法人 日本芝草研究開発機構 副理事長(2008年 就任)
㈱サイプレスクラブ 代表取締役社長(2003年 就任)
南部富士㈱ 取締役(2002年 就任)
ゴールドウイン開発㈱ 顧問(2006年 就任)
ゴールデンバレーゴルフ倶楽部 評議員、理事、キャプテン(2008年 就任)
千刈カンツリー倶楽部 アドバイザー(2014年 就任)
サンコー72カントリークラブ 顧問 (2014年 就任)
魚津国際カントリークラブ 顧問 (2015年 就任)
メモリアルトーナメント・キャプテンズクラブ(USA) メンバー(1985年 就任)
主な著書
Golf World & Nippon(2009年5月)
温故知新(2006年6月)
ゴルフ雑記帖(2000年10月)
青木功の諦めないで自分を変えろ(1998年3月)
ゴルフボール-その飛びの秘密(1986年12月)