「ゴルフをみんなのスポーツへ」――。
このフレーズは、ゴルフ関連17団体がプレー人口の減少に歯止めを掛けるべく、十余年前に掲げたものである。ゴルフ市場の活性化を実現するには、プレー人口の増加と客単価の上昇が二大要素。時間と金に余裕のある高齢者に高額なサービスを提供して客単価を上げることも重要だが、長期的な発展を目指すには若者にゴルフの魅力をアピールして、顧客になってもらう必要がある。「ゴルフをみんなのスポーツへ」には、ゴルフの敷居を低くして、大衆化を実現しようとの思いが込められている。
私は「月刊ゴルフ用品界」というゴルフ用品の専門誌を発行している。この稼業に入って四半世紀が過ぎるため、ゴルフ業界の活性化を考える際、用品業界の体質から容易に離れられない。後述するが、そのことは自分自身の問題であると同時に、ゴルフ界全体の問題だとも考えている。
余暇産業の市場規模を時系列で示す資料に「レジャー白書」がある。これによるとゴルフ産業は「ゴルフ場」「ゴルフ用品」「ゴルフ練習場」の3業種から形成され、最盛期の1992年には2兆8860億円だったものが、今や半減以下の惨状である。いわゆるバブル景気の破綻は1991年11月とされており、ゴルフ産業のピークはその翌年。以後、坂道を転げ落ちるように市場規模が縮小した。
その転落の軌跡は一見、「価格破壊」で一致するのだが、本質的には個々に異なる劣化の歩みを辿っている。なぜなら、3業種に共通しているのは「ゴルフ」という言葉だけで、コースはデベロッパー、練習場は地主の集合体、用品は製造販売業といったように、業界体質や構造が相違している。また、商圏は練習場が半径数㎞、ゴルフ場は50~100㎞、用品は全国もしくは世界を相手にしているため、問題意識の視野も異なってくる。私はゴルフ用品の専門誌を発行しているため、高反発ドライバーの規制については熱意をもって取材し、この問題に対してどのように取り組むべきかの主張もしてきた自負がある。しかし、練習場が抱える相続税対策についてはほとんど無知に等しく、ゴルフ場業界が真剣に取り組むゴルフ場利用税廃止運動も、本音をいえば熱心に追い駆けた記憶がない。3業種それぞれの問題は、ゴルフ産業全体の問題であるにも関わらず、それぞれ高い壁をつくり、私自身も風穴を開ける努力をしてこなかった。ゴルフ界も同様だ。
これにより、次のような弊害が起きた事実がある。
かつて、メーカーは飛び性能の追求により長尺ドライバーを訴求したが、ヘッドが練習場の天井に当たることから「長尺禁止」を打ち出す練習場が続出。また、街でも履けるスパイクレスシューズでプレーすると、外部の雑菌をコース内に運びグリーンを傷める等の理由から「スパイクレス禁止」のゴルフ場も多かった。迷彩柄のカーゴパンツをドレスコードで禁じたゴルフ場もあり、ゴルフショップでこれを購入した消費者が激怒した例も枚挙に遑がない。つまり、ゴルフ3業種は、ひとりのゴルファーを通して密接に関連しているにも関わらず、それぞれが「業界の隣人」に無関心だったため、ゴルファーに多大な迷惑を掛けてきた。業界目線から離れられず、消費者目線を疎かにした。
「ゴルフをみんなのスポーツへ」――。
このフレーズをゴルフ界が掲げるとき、我々はまず「みんな」などという便宜的なモノは存在しないことを意識する必要がある。接待ゴルフ、ニギリの賭けゴルフ、そして銀座のホステスを口説くツール。バブル時代、ゴルフ産業はこの3要素で発展した経緯がある。バブルが崩壊し、猛省し、接待ゴルフ依存型の業界体質を改める動きが加速した。それがゴルフの大衆スポーツ化への挑戦であり、先述した「みんな」もそこから生まれたフレーズである。
しかし、「みんな」などという呑気な言葉で括れるほど、市場は単純な構造ではない。
相変わらず接待ゴルフは業界にとって貴重な需要源だし、ホステスをデートに誘うツールでもいい。高齢者に向けては健康で長生きをするための余暇、子供たちには遵法や自律の精神を学ぶスポーツ、未婚者には婚活ゴルフ、女性起業家の集まりには情報交換の親睦ゴルフといったように、ゴルフは様々な「個」に対して、需要を満たせる懐の深さがある。だからこそ、ゴルフ産業に関わる企業群は多彩であり、問題意識も多様だから、一枚岩になりにくいといえるわけだ。
解決策のひとつは、報道に携わる我々が多様な課題を整理し、議論の磁場を設けることでゴルフ界の意思疎通を図ることだろう。そこから生まれた発想やヒトの交流が具体的なビジネスへ発展すれば、マーケットは実質的に動き始める。単なる机上の空論ではなく、「報道」が実践的な力をもち得る。その一翼を担っていくことが、JGJAの責務だとも考えている。 (片山哲郎)