いまから40年近くも前のことになる。当時私は新聞社のゴルフ担当記者だった。1957年のカナダカップ(現在のワールドカップ)に日本が優勝したことで、それまでは一部の裕福な階層の人たちだけのスポーツだった日本のゴルフが、ようやく庶民階級も含めた国民スポーツへの脱皮を始めたころである。
一般サラリーマンの中にもゴルフバッグをかつぎ、電車に乗り込んでくる人の姿が見られるようになり、カナダカップ開催当時60カ所ほどだった日本のゴルフ場数が、僅かの期間のうちに200カ所あまりに急増し、われわれはそうした現象を 第一次ゴルフブームの到来 と表現していたものだ。
そんな60年代前半期に新聞紙上で、ゴルファーのプレー中の心理状態を解説する連載記事を掲載することになり、あるスポーツ心理学担当の大学教授を取材した。その中でその先生は次のような話をしてくれた。
「10メートルほどの長さのある樋の一方に餌をつるし、反対側の端にネズミを位置させる。ネズミが餌の所在に気がついたら放すと、ネズミは全速力で餌に突進する。もちろんネズミには精神状態を測定する記録装置を取りつけておくのだが、ネズミは餌に向かってスタートする瞬間よりも、餌に飛びつく寸前の方が興奮度が高くなる。学問上では目標勾配説というのだが、これは人間でも同じであって、ゴルフではよく 1番ホールのティショットのときに、最も緊張する といわれるが、学問的にはそんなことはなく、ティショットよりグリーンを狙うショットの方が、そしてバーディやパーを期待してストロークするパッティングのときが、最も興奮度が高くなるというのが一般的現象」と。
だから、ゴルフでもティグラウンドからプレーするときは思い切ってクラブを振り切れても、だんだん目標であるグリーンに近づき、さらにはその一点に立つピンフラッグに球を寄せていこうとするショットほど緊張度を高める要素がなくてはならないのに、日本のゴルフコースの多くが2グリーン制であり、これは日本特有の高温多湿の夏季と、乾燥して寒い冬季にプレーヤーにいい状態のグリーン上のプレーを提供するために考え出された名案であるが、スポーツとしてのゴルフ本来のあり方からいえば邪道といっていいと、その教授が語ってくれたことを思い出す。
当時、私たちはまだ、海外のコースやトーナメントなど取材に行ける状態ではなく、欧米のコースについては先輩たちやプレーをした経験のある人、そして写真を見て日本のコースのグリーンまわりと欧米のコースのそれとの違いを勉強するしかなかった。やがて海外取材が多くなり、世界中のいろいろな名コースを見たり、プレーするに及んで、われわれ素人ゴルファーの技術レベルですら、1グリーンのコースの難度と、自信がなければ本グリーンとサブグリーンの間を狙って打っていくことの出来る2グリーンのコースの難度とでは、大きな心理的な違いを実感したのはいうまでもない。
昨今、あのタイガー・ウッズの出現によって、ようやくアスリートスポーツの仲間入りをするようになったといわれている。そうだとすればよりいっそう目標に近づくに従って攻略エリアがタイトになり、心理的圧迫感が強まるコースセッティングが要求されるわけで、芝草の研究開発も急激な進歩を遂げている昨今であれば、気温、湿度などの問題も容易にクリアー可能と考えられるし、何はともあれ、21世紀のゴルフというスポーツをより発展させるフィールドとしては、すべてのホールが1グリーン制であるのが当然と考えられる。
〈プロフィール〉
土井 新吉(どい しんきち)
1925年北海道生まれ。56年に日刊スポーツ新聞社入社。退職後、フリーライターとして活躍。ゴルフ担当記者生活45年。日本ゴルフジャーナリスト協会会長。