紛糾して思うこと ~ 片山 哲郎~

〝飛ぶドライバー〟は使っていいのか?悪いのか?ドライバーヘッドの反発係数規制問題について考える
世界にはゴルフの総本山が2つある。R&AとUSGAである。この2つの権威が世界のゴルフの道筋を決定し、各国、各地域のゴルフ協会がそれに従うーーというのがこれまでの慣例である。しかし2つの権威が違った指針を定めたらどうするか? 立前としては、例えば日本のJGAならR&Aの傘下に属するので、R&Aの指針に従うというところに落ち着くのが常である。こうした状況下で一連の「ドライバーヘッドの反発係数規制問題」が巻き起こった。当初USGAが0・830を超える反発係数を持ったクラブはルール不適合。かたやR&Aではおかまいなし! それが突然総本山同志が協議し「こうしましょ」と統一ルールを発表。我々を含め下々のゴルファーは「そうなったらどうなるの?」というのが偽らざる思いではないだろうか。また総本山同志で決まった合意も、実は良く分からない。そこでこの問題に詳しいジャーナリスト3名に、一般ゴルファーの不安や不満を解消すべく健筆を奮ってもらった。


 

紛糾して思うこと ~ 片山 哲郎~

例えば飲酒運転をする。ビール1、2杯だとしても見つかれば弁解の余地はなく、運の悪さを毒づいたところで減点罰金は免れない。不承不承従うのは、法治国家においては法律が「主人」、そんな威厳があるからだ。
翻ってゴルフ規則。無論ゴルフ界の法律には違いないが、大抵のゴルファーはその規則が統治する世界に住んではいない。空振りを誤魔化すゴルファーは「重罪」であり、常習犯はプレー仲間を失うという極刑に処せられるが、それ以外の日常を過ごすのに具体的な不都合はないだろう。交通ルールが広く生活に影響するのに比べ、ゴルフルールはプレーヤーの共通認識、或いはその世界での約束事という性質がある。更にいえば、規則を熟知する競技ゴルファーとそうではないレクリエーションゴルファーの間には知識の濃淡が歴然とあり、だから罪の意識に濃淡が生まれるのも当然のことだ。
何がいいたいのか。大半のゴルファーはゴルフ規則が統治する厳密なプレー領域にいないのである。だとすれば、ヘッドの反発係数が僅かに規則を超えたとてどれほどの罪悪感があるだろうか。加えれば、反発係数は外見上、合否判断が下せない。分からないことを棚に上げて使用者を罰する(競技失格)というのだから、おかしなことになっている。
一例に、反発係数はヘッドの微調整で変わり得るという性質がある。ならば競技前に全品検査する「川下規制」が不可欠だが、現状はサンプルヘッド2個を計って良しとする「川上規制」を採用する。これではザル法、威厳や迫力を持ち得ない。
ただ、そんな諸々を呑み込んでなお、メーカーの心境はこういったことだ。
「我々はゴルフのゲーム性に対して何らかのポリシーを形成する理由を持ちません。進歩が飛距離を伸ばし、それがゲーム性を損なうとUSGAが考えるなら、与えられた規則の中で技術の合理性を追求するのみ」

staffこのメーカーの割り切りは少数派だが、しかし正論でもある。換言すれば、決定の背景にあれこれ容喙すべきではないという達観だろう。
規則を決定するUSGA幹部は14人。彼らは全員白人であり、男性であり、名門コースのメンバーで、平均ハンディは3・8。そして、ゴルフと沽券をこよなく愛す面々でもある。1998年6月、「ゴルフのゲーム性を守る」と宣言してからの活動はいかにも密室的で、だとしても、「それは彼らの領分」だと、メーカーは立場をわきまえる。そうしないと問題は、ますます混乱するだろう。
以下、極論で整理しよう。
第一に、規則の決定権はUSGAなりR&Aの専権事項。民主的に運ばれた形跡がなかったとしても「ゴルフ」が彼らの掌中にある以上は諦めるしかない。国際テニス連盟(ITF)は、デカラケ規制をメーカーとの協議で決定したが、それは今後のシステム作りに関わる参考例で、少なくともメーカーが決定権を持ち得ないことに変わりはない。
第二に、メーカーやゴルファーにとっても規則は不可欠という事実がある。飛びはゴルファーの夢、それを奪う規則はゴルフの魅力を半減させ、プレー人口が減少するという理屈も聞くが、短絡的に過ぎるだろう。すべての規制を外せば400ヤードは楽に飛ぶぐらいの開発力を今のメーカーは持っており、野放しにすればゴルフ場は飛来する白球の戦場と化す。つまり、規則がなくて困るのはメーカー、ゴルファーも同様のこと。今回たまたま反発規制になっただけで、あまりに唐突、杜撰だから紛糾しているに過ぎないのだ。

第三は、メーカーとゴルファーの関係である。取材を重ねる過程で二つのコメントに行き当たった。
「高反発でなければ飛ばないと、ゴルファーに誤認されるのが辛い」
「この程度のことで騒いでる業界だと思われるとイメージダウンに繋がってしまう」
前者は技術的な課題だから、早晩解決されるだろう。フェースの偏肉設計によって芯とそれ以外の反発差をなくし、平均飛距離を高める手法。それと、シャフトのマッチングにも注目が集まるはずである。
問題となるのは後者で、ゴルフ業界が騒ぐほどに「コップの嵐」といった印象を消費者に植え付けてしまう。「14人のゴルフ愛」が巻き起こした騒動に翻弄される昨今の姿は、脆さを指摘されても仕方がない……。
要はメーカーの自律性だ。故エリー・キャロウェイ氏のUSGA闘争は周知だが、あの時氏が目指したのはゴルフ協会の認識を超えてゴルファーを再定義することだった。多分にマーケティング的でもあるのだが、ああいった態度はむしろ健全といえるだろう。仮に長さ規制が施行されたら身長2メートルを越すバスケット選手は猫背でドライバーを振るしかない。同様に、競技規則と無縁の老人から回春の杖を奪うのは酷である。「例外者」への温かい配慮を端折るから、ギクシャクとして評判が悪い。
ゴルフ規則が認めないならクラブメーカーが認めればいい。それがメーカーとゴルファーの関係である。無論「競技外」であり、違反品の公告や売場での説明、場合によっては年齢制限やヘッドスピード制限といった販売規制が必要で、「違反メーカー」の烙印を押される危惧もあろう。が、その覚悟があるのなら誰も止められはしないのだ。
ゴルフ規則は、飲酒運転の罰則ほどに厳しくはない。今回の騒動で思うのは、そのことに尽きる。

ゴルフメーカー、何を思う

「まだ案であるにも関わらず、いかにも決定したかのような報道をされ、混乱を招いています。非常に残念です」。USGAとR&Aによる共同声明の発表後に展開された新聞・雑誌等の報道に対する、マルマンゴルフ宣伝・販促課の大塚覧二氏による痛烈なコメントだ。ゴルフ業界全体を巻き込んでの騒動となった今回の規制案について、各メーカーはどのような感想を持っているのだろうか。
まずは、どのメーカーも「ルールを統一することは賛成です」と、全面的にルールに従う姿勢を見せる。ところが、一見肯定的とも取れるこれらの意見には続きがある。ダイワ精工ゴルフ営業部・武茂樹氏は「関係者にヒアリングもなく、突然新規制案を発表するのは解せません。また、なぜ反発係数の上限が0・860なのか、具体的な根拠が説明されないのでしょうか」をはじめ、否定的な声が大部分を占めた。しかも、「反発係数の測定方法が不明瞭。これでは、自分のクラブが適合か否かを確認できず、混乱し不公平です」(日本ダンロップ広報部・藤田英明氏)など、正直に戸惑いを漏らすメーカーもある。クラブデザイナー・竹林隆光氏は、「ルールの決定が後手を踏んでいます。先を見越してルールを決めることができれば、混乱を避けられたのでは? それにしても、測定時に誤差が著しい反発係数ではなく、フェース肉厚など、誤差が出にくい規定を設けて欲しかったです」と批判的な意見だ。
それでは「高反発」という 看板〟を失ったメーカーは、今後何を売りにするのか? 各メーカーは「ドライバーである以上、飛距離の追求は踏襲します。高反発に代わり、高反発エリアの拡大、重心位置の最適化、シャフトとヘッドのマッチングなどを重視する」が大部分を占め、「ひいてはカスタムフィッティングが主流になるのでは」(横浜ゴムスポーツ事業部・森川毅氏)や「一部のゴルファーは長尺化回帰の可能性もあり得ます」(竹林氏)との見解を述べる。つまるところ、クラブ全体の完成度を高めるとともに、いかにユーザーにマッチするクラブを開発するか、が飛距離アップのキーワードとなりそうだ。いずれにしても、今後はクラブ開発者の進化が問われることは間違いない。
最後に、前出の竹林氏は今後のゴルフギア界の動向について「次はボールに関するルールの見直しが予測されます。近い将来、競技ゴルフの使用球は主催者支給になるかも知れませんね」。反発係数規制がもたらす波紋の大きさを象徴するようなコメントである。