日本中が歓喜の渦に包まれた松山英樹プロのマスターズ優勝。テレビに噛り付いて見ていた人も多いでしょう。
私は、松山プロが米ツアーに挑戦してきた2013年から7年連続で、全米プロ選手権を現地で取材させて頂きました。その中で忘れることが出来ないのがノースカロライナ州のクエイルホロークラブで開催された2017年の全米プロです。
松山プロは、前週に行われたWGCブリジストン招待でツアー5勝目を飾って現地入りをしていました。しかも、最終日にモンスターコースと言われているファイヤーストンCCで、1イーグル7バーディー、ボギーなしの「61」をマークして、絶好調の状態です。優勝者予想「パワーランキング」でも松山プロがナンバーワンとなっていました。
その期待通り、松山プロのショットが冴えわたります。最終日のバックナインの10番のバーディーを奪取して単独トップとなりました。しかし11番からの3連続ボギーがひびき、同組のジャスティン・トーマスに優勝されたのです。
テレビ観戦されていた方は、ホールアウト後に泣き崩れた松山プロを覚えておられるでしょう。最終日のサンデーバックナインでトップに立つも「11番から自分のプレーが出来なかった」と、口惜しさからの号泣だったのでしょう。
私は、カメラを担いで18ホール、ロープ内を歩きました。本来は撮影に専念しなければならないのですが、ただ単に一人の観客となっておりました。この頃の全米プロは8月の開催で、猛暑のなかで汗だくになる以上に、手に汗していたのを昨日のように思います。
テレビ観戦していた方は、最終日の後半をご覧になったのでしょうが、壮絶な戦いは朝一番から始まっていました。最終日は、優勝したジャスティン・トーマスとの2サムで、まさにマッチプレーの様相だったのです。それまで松山プロ、トーマスとも米ツアーで優勝を重ねてきましたが、メジャー優勝は届いていません。二人とも喉から手が出るほどメジャータイトルが欲しいのです。
クエイルホロークラブの1番ホールはなだらかな打ち下ろし右ドックレックの524ヤードのパー4です。まずは、松山プロがフェアウエイセンターに渾身のティーショットを放ちます。その後、トーマスのティーショットは、左バンカーに捕まる明らかなミスショットとなりました。フェアウエイバンカーからのセカンドショットをグリーン手前のガードバンカーに入る、またもやミスショットとなったのです。それに対して松山プロは、セカンドショットをピン手前1メートル20センチにつけるスーパーショットを放ちます。
明らかにバーディーが取れる松山プロの絶妙のショットを見せられたトーマスは、あろうことかグリーン手前のバンカーからのショットを奥のバンカーまでホームランしてしまいました。そして、次のバンカーショットもピンを5メートルもオーバーするミスショットとなるのです。トーマスは実にティーショットから数えて3回のバンカーショットを含め4回連続でミスショットを犯したこととなります。誰の目からも、トーマスの優勝はない!と確信しました。何せこの時点でトーマスがダブルボギー、松山プロがバーディーとなり、1番ホールで3打も差がつこうとしていたのですから。
しかしゴルフは分からないものです。5メートルのボギーパットをトーマスが沈め、松山プロが1メートル20センチのバーディーパットを外したのです。普通であれば、3打差つくところが、1打差だけとなったのです。
ボクシングで言えば、1回ノックアウトKOのはずが、ゴングで助けられたようなものです。息を吹き返したトーマスは、2番452ヤード、パー4で3メートルのバーディーパットを入れて、完全復活します。かたや松山プロは、2メートルのパーパットを外してボギーとなったのです。
ゴルフと人生において「たられば」は有りませんが、「もし1番でトーマスの5メートルのボギーパットが入っていなかったら!?」「もし、松山プロの1メートル20センチのバーディーパットが入っていたら!?」。勝負は明らかに違った展開をしていたでしょう。
それでもショット力に勝る松山プロは、その後、6番と7番で連続バーディーを奪取してトップに並んだのです。普通の選手なら完全復活したトーマスの勢いにのまれて、そのまま萎えてしまうところでしょう。
そして予想外の展開は、バックナインでも起こりました。10番529ヤード、パー5でトーマスの7メートルのバーディーパットがカップ横に止まったのです。トーマスのマーカーである松山プロは、グリーンサイドでトーマスのスコアを「5」と記入しました。しかし、7秒後に止まっていたボールがギャラリーの大歓声と共にカップに沈んだのです。トーマスは、両手を挙げておどけた表情の後、キャップを取って大げさにお辞儀をするパーフォーマンスをします。対して、松山プロが苦笑いをしながらスコアカードの数字を書き換える仕草が印象的でした。
続く11番から松山プロは、3メートル以内のいわゆる「クラッチパット」を立て続けにはずして3連続ボギーとなります。かたやトーマスは13番でグリーンサイドからチップインバーディーを奪取したのです。この日だけで、松山プロは実に3メートル以内のパットを6回外しています。
18番をホールアウトした直後の松山プロが、優勝したトーマスと握手をしている顔を、私自身カメラを通して痛々しくも感じました。そして、グリーンサイドでうずくまり号泣した彼の姿にカメラを向けることが出来ず、もらい泣きをしてしまいました。
それから3年8か月、ついに松山プロはやってくれました。今回は、勝負どころのクラッチパットをことごとく決めていました。また、テレビ越しに表情豊かな印象も感じることが出来ました。今までの表情を押し殺したように近寄りがたい姿からは脱皮した松山プロを感じたの方も、多いのではないでしょうか?
ボクシングで言えば、何度も何度もKOされながら遂に立ち上がって勝利をつかんだ「明日のジョー」の姿のようです。復活劇はまだまだ続きます。
今後も我々のヒーローであり続けてください。
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