松山英樹、初メジャー2021マスターズ優勝に寄せて

松山英樹、初メジャー2021マスターズ優勝に寄せて

 

日本ゴルフジャーナリスト協会(JGJA)会員

西村 國彦

はじめに

長いこと、日本のゴルフ界では、世界との連携より身内の意向を忖度するような島国でゴルフをやっているわが国男子プロたちは、世界のメジャートーナメントでは勝てないのではないか、という懸念があった。

でもついに、2011年初出場のオーガスタナショナルでアマチュア世界NO.1の実績ある松山英樹が、10年後の2021年、堂々たるゴルフでマスターズチャンピオンになり、マスターズへの永久的な出場権を獲得したのだ。中島常幸ほかのTBSクルーも涙してしまう感動は、わが国の特殊なゴルフの世界を知るものたちの思いからだったのだろう。

たまたま私は2011年、日本選手が世界で通用する日は来るのかとのテーマで、JGJA新年会で講演を行い、またその講演から書き下ろした記事をJGJAの会員記事として掲載していた(https://jgja.jp/201511091406/)。

今となっては、言いふるされたことが多いが、意外にあたっていたこともあるので、過去の記事を紹介しながら、松山の今回の快挙に触れてみよう。

 

1 一般的に言われてきたこと

日本人男子のメジャー獲得についてこれまでは、①体力,②飛距離,③言語力,④ハングリーさ,⑤メンタルトレーニングの重要性,⑥コーチの重要性,の6つが指摘されてきた。

松山はこれまで①②④についてはこの10年間海外選手に負けないだけの成果と実績を積み重ねてきたと言える。

体重は15キロ増え、松山の「太もも」は大柄な海外有力選手からも注目を浴びているという。

プレッシャーかかったときの飛距離でも、あの長くなったオーガスタナショナル18番をウエッジでグリーンを狙えるくらい飛ぶ。15番のセカンドショットなど飛びすぎるくらいで、これからはタイガーのような安全なカットボールも大事なところで使う必要がでてきた。

でも今回彼の成長の基礎は⑤⑥にあることは、明らかだ。チーム松山にメンタルを含めたコーチやトレーナーが加入することで、孤独に陥りやすかった松山のゴルフに変化が見られていた。

ミスしても、暗くならず笑顔さえ見せる松山は、成長の印であるし、何よりも応援する人たちの気持ちも引きつけるものがあった。

あとは言語力だけだろうが、これはアメリカに本拠を定めたことで、時間が解決するだろう。

 

2 私が言えたこと

私が2011年当時言えたことは、実際この目で見たメジャートーナメントでの上位選手のエピソードと、プレーしたり実際に見た世界(米国・英国・アイルランドほか欧州・豪州・アジア)のすばらしいコースから、ヒントを提示することぐらいだった。

特に最近のメジャー優勝選手を輩出しているアイルランドのコースと優勝選手を取り上げていた。

選手としては、ダレン・クラーク、マキロイ、ハリントンなど全英チャンプたちを、コースとしては、北アイルランドのロイヤル・ポートラッシュ(1951年・2019年全英開催)とロイヤル・カウンテイ・ダウンほかアイルランド共和国のリンクスコースなど、強風での難しいコースを取り上げていた。

その中で、奇しくも2011年松山がベストアマになった年のマスターズ最終日、バックナインでのマキロイの崩れ方を、松山が見ていたことは大きかったと思う。

マスターズで最終日の闘い方勝ち方については、年々関係者が語り継いで来たことがある。でもそれを知る関係者の目からしても、あのマキロイの崩れ方は信じられないものであった。

この時マキロイは、テレビ映像では10番から崩れたように見えたが、現場で見ていると、最終日は1番2番あたりからもうおかしい雰囲気はあった。

今回さすがの松山も最終日の1番ティでは、動揺を隠せず、右に大きく曲げ、ボギーにしていた。

しかし、今年の松山は、あのマキロイの失敗を乗り越えるだけのものを身につけていたのだ。

なにせ、あのアーニー・エルスが、オーガスタの1番ティで震えが止まらないくらい、そこでのプレッシャーはすさまじい。まして最終日バックナインの緊張感は半端でない。

特に優勝がちらつくと、とんでもないミスが出ることは、松山に最後2打差まで追いついたシャウフェレの16番ティショットミス(トリプル)で明らかだ。

私は2011年、次のような指摘をしていた。

「松山の体力・飛距離とパットのうまさは注目に値する。お金と女性問題をうまくこなせば、世界一流になることは可能と思う。」

「今までのわが国で、マスターズのベストアマなど考えられないこと。初優勝がニクラスのメモリアル・トーナメントであり、ミュアフィールド・ビレッジでホストのニクラスに動じなかったあの鈍感力は、世界では必要なものである。」と。

 

3 日本人選手が世界で活躍するヒント

この点について私は、①小技の重要性(宮里藍、ルーク・ドナルド),②コースがプロを育てるという意味で、PGAと国内コースの提携,③自立した一人の人間としてのプロに成長すること、などを指摘していた。

でも、最後には、井戸木鴻樹プロの全米シニアプロ優勝(2013年)の例を引き、日本人選手が世界に通用する日はそう遠くないのでは、と明るい展望も書いていた。

今回、このような展望が実現されたことは、嬉しい限りである。

 

4 松山プロが乗り越えた壁

絶対に壊れることがないと思われていたベルリンの壁も、1989年、多大な犠牲を払いつつ形成されてきた大きな人々のうねりによって破壊された。

松山プロが今回述べたとおり、野球やテニスでは日本人も世界のトップに立ちつつあったのに、なぜゴルフだけがという思いが、彼を駆り立てたのだろう。

身体を鍛え、他のプロよりも遅くまで練習し、コーチやトレーナーをつけない頑固さやふてぶてしさは、一部で誤解を招いていたかもしれない。

でも、決してその努力は無視されていたのではない。

SストリッカーやJスピースが声をかけてくれる、ゴルファーとしての松山の人間的成長が、彼をメジャーチャンプに押し上げてくれたのだと思う。

最後まで諦めないことの大事さを、今回も学ばせてもらった。

ありがとう、松山プロそしてチーム松山のみんな

最後に、早藤キャデイのお辞儀の先にあるオーガスタナショナルのコース、そのメンバーたち、設計者Aマッケンジー、そしてコースのどこかに隠れて選手たちのプレーを見ているいるかもしれないボビー・ジョーンズに感謝。

以上

1 個のコメント

  • 西村さん>素晴らしいメッセージをありがとうございます。この4日間は、私にとっても痛快な日でした。夢を実現してくれて、松山英樹、本当にありがとうございます。これからも、新たな目標にむかってすすんでください。ゴルフネットワークを見る楽しみが増えました(^。^)

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    ABOUTこの記事をかいた人

    西村國彦

    1947年生まれ。東大法学部卒。1976年弁護士登録(東京弁護士会)。
    現在さくら共同法律事務所シニアパートナー。
    1997年通産省会員権問題研究委員会委員。
    ゴルフ場据置期間延長問題や東相模ゴルフクラブ(現上野原カントリークラブ)をはじめ南総カントリークラブ、太平洋クラブの再建など会員とゴルフ場を守るための活動を実践している。
    また実際に自分の目で見てきたメジャートーナメントでの経験や、実際に自分が世界(米国・英国・アイルランド・豪州・アジア)の素晴らしいコースをプレーした経験をさまざまな形で発信しているゴルフジャーナリストでもある。掲載誌は月刊ゴルフダイジェストアルバトロス・ビューゴルフ場セミナーゴルフマネジメントゴルフィスタなど多数。
    主な活動・著書
    「ゴルフ学大系」のうちゴルフの法律」(1991年・ぎょうせい)
    「ゴルフ場預託金問題の新理論」(共同執筆)(1998年・日本ゴルフ関連団体協議会)
    「ゴルフ会員権再生の新制度」(共同執筆)(1998年・日本ゴルフ関連団体協議会)
    「ゴルフ場再生への提言」(1999年・八潮出版社)
    経済産業省サービス産業課「ゴルフ場事業再生に関する検討会」レクチャー(2002年)
    「賢いゴルフ場 賢いゴルファーのための法戦略」(2003年・現代人文社)
    「平成ゴルファーの事件簿」(2003年・現代人文社)
    「ゴルフ場の法律に強くなる!」(2007年・ゴルフダイジェスト社)
    「ゴルフオデッセイはにかみ弁護士の英米ゴルフ紀行」(2011・武田ランダムハウスジャパン)
    ほか、近著に太平洋クラブを舞台に会員の全面勝利を描いた
    「ゴルフ場 そこは僕らの戦場だった」(2015年・ほんの木)がある。