菅野徳雄の「日本のゴルフを斬る」 (日刊ゲンダイ 平成28年4月28日)
池田勇太は選手会長だったから賞金王に無縁だったのだ
強い池田が戻ってきた。選手会長の3年の任期を終えたばかりの池田勇太が開幕2戦目のパナソニックオープンを2位に3打差をつけて勝った。
08年にプロデビューして09、10年と年間4勝を挙げて2年連続最多優勝。石川遼とともにこれからの日本ツアーを引っ張っていかなければならない池田が13年に日本ツアー機構(JGTO)の選手会長に就任。これは前選手会長の倉本昌弘(現・日本プロゴルフ協会会長)からの要請もあったようだが、選手としてこれから日本のツアーを背負っていかなければならない有望な若手にどうして選手会長なんてやらせるのか。もっとベテランの選手がやるべきだという原稿を書いたことがある。
選手会はJGTOに対して「こうして欲しいああして欲しい」と交渉する組合のような存在でもある。会長は選手の意見を聞いたりまとめたりして、JGTO側といろいろ交渉するわけだから、そのためにどれだけ神経を使うか分からない。
昔はツアーの試合数を維持すればよかったのが、今はJGTOだけでなく選手たちも試合を増やすためにやるべきことが増えている。そうしたことを選手会で相談してまとめ、スポンサーやいろんな関係者とも会ったりして話を聞いてもらわなければならない。
会長になったら、そうした自分のゴルフ以外にもやるべきことが次から次へと出てくるので、練習だって減ってくるはずだ。池田は会長になった後も年に1勝はしている。14年は日本オープンを制している。
しかし、プロ入り間もなく2年続けて年間4勝を挙げたときは大変な選手になるだろうと思っていた。だから選手会長などにはならずに自分のゴルフに集中していたら賞金王にもなっていたに違いないのだ。
知名度はあってもゴルフをやることしか知らない27歳の若者に、選手会を束ねることなんて出来るはずがない。有望な選手には試合に集中してもらって、選手会長は30歳をとうに過ぎて40歳ぐらいになってから、人間的にも選手たちに尊敬されている人にやってもらうべきだ。
本人がやりたいと言っても、周りは「池田君が勝つことが一番ツアーの活性化につながるんだから」と言って試合に集中させるべきだった。
これは池田の後を受け継いで会長になった宮里優作にもいえることだ。彼は大学を出て「いつ勝ってもおかしくない」といわれながら、13年の日本シリーズがツアー初優勝である。35歳になっているけれど、そういう意味ではこれからが楽しみな選手だ。しかし、彼の性格からすれば何を措いても選手会長の仕事を一生懸命やるに違いない。そうすると、自分のゴルフに没頭できないので、勝つことはむずかしくなるかもしてないのだ。
彼は存分にゴルフをやっれもらいたい選手の一人だ。