普遍的な言葉の中にある「ものの見方考え方」

我が師の教え、その1 ”Life is too short to drink cheap wine”

最初に我が師とは誰なのかを簡単に説明させていただきます。
私の先生はゴルフ界のエジソンと呼ばれた元キャロウェイゴルフの開発最高責任者のRichard C. Helmstetter(リチャード・C・ヘルムステッター、通称Dickさん)で、ゴルフクラブの設計と開発において革新的な新製品を次々と生み出しキャロウェイゴルフを新進気鋭のメーカーから世界一に押し上げた最大の功労者です。簡単な経歴を少し書いてみると

生年月日: 1939年2月19日     2024年7月25日(永眠)

出身地: アメリカ合衆国ペンシルベニア州

初期のキャリア: ゴルフ業界に入る前、ヘルムステッター(以後Dickさん)はビリヤードのキュー製造に携わっていました。その後工場を日本の埼玉県入間市に移転させビリヤード界でも高く評価されるキューメーカーとして名を馳せました。日本在住期間は18年間

キャロウェイゴルフ: 1986年、創業者イリー・キャロウェイの強引とも思える口説きでキャロウェイゴルフに入社し、すぐに同社の開発責任者となりました。

主な業績:1991年に発売されたBig bertha(ビッグ・バーサ)の開発は、Dickさんの最も有名な業績の一つです。このクラブは、当時のゴルフクラブ市場に革命をもたらし、キャロウェイゴルフを業界のリーダーに押し上げました。ビッグ・バーサはより遠くにボールを飛ばすことができるドライバーとして世界中で評判になりました。

技術革新: Dickさんはゴルフクラブにおける技術革新を推進し、CNCミルドチタンフェース、カーボンコンポジット素材、調整可能なウェイトシステムなど、さまざまな革新技術を開発しました。彼の設計哲学は、すべてのゴルファーが自分のパフォーマンスを最大限に引き出せるクラブを提供することにありました。彼はゴルフクラブの物理学とエンジニアリングを駆使して、より寛容性の高いクラブを次々と創り出して行きました。

Dickさんはその後もキャロウェイゴルフにおける役割を続け、ゴルフクラブの技術的進歩に貢献し続けました。
リチャード・C・ヘルムステッターは、現代のゴルフクラブ設計のパイオニアとして、その業界に多大な影響を与えた人物です。彼の革新的なアイデアと設計哲学は、今日のゴルフクラブの多くに反映されています。

パーソナルライフではワインの収集家でもありワインの愛好家としても著名でした。そのような人物が常に自分を律する言葉、日本的に言えば座右の銘として用いていたのが
“Life is too short to drink cheap wine” と言う言葉なのです。

ここからが本題です。一般的には座右の銘やそれに近い大切な言葉は丁寧に書込み、それを額に入れて書斎などに掛けているのが普通です。彼の場合は車のナンバープレートをはめ込むフレームに刻印してあるのです。

そのことはDickさんと会う人はさりげなく気がついていたと思います。
ワイン好きのDickさんらしいな、と思っていたに違いありません。
しかし、Dickさんを知れば知るほど、その言葉の本当の意味、Dickさんの意図するものは何なのか、なぜナンバープレートのフレームに刻印したのかが不思議でした。

安いワインと良いワインの違いとは

そこである日なぜそうしたのか、その意図はどこにあるのかを聞くことにしました。「Dickさん、なぜあの言葉を選んだのですか?一般的には人生の短さを強調し、限られた時間をより充実させるために高品質の体験を求めるべきだという主張が通説でそれは自体は分かりますが、Dickさんの意図するところはどこにあるのでしょうか?」と。
Dickさんはまず「Shun、安いワインと良いワインの違いはどこにあると思う? 安いワインは基本的にはブドウの品質にはさほど大きな差がないけれど、安いワインは機械で刈り取り、大型の圧縮器でブドウを絞り、味と醗酵を円滑にするために砂糖を入れて温度調節をして発酵を促進する。これなら大量に作ることができ、味も同じベルを保つことができる」
一方、良いワインはまさに手作りのワインと言える。葡萄畑から始まり今年はどのような肥料を与えたら良い葡萄ができるのか、いつ収穫すべき時期なのかを葡萄の成長と糖度を見ながら、そして今後の天候を予測しながら収穫の時期を考えているんだ。しかも収穫は人の手でひと房ごとに丁寧に鋏を入れて刈り取り、葡萄を絞るにも細心の注意を払って行う。毎年葡萄の収穫時の品質が異なるために醸造家の知恵と経験が醸造において生かされる。だから年によって微妙に味が違うことからヴィンテージと言って製造年を入れて今年の出来はこうです、と主張している。

良いワインは高いワインではなく市場がそういう流れを作る

良心的で優れた醸造家は一部のお金持ちのために高いワインをつくろうとは考えてはいないんだ。手頃な価格であればより多くの人にその良さを感じてもらうことができる。それこそ星の数くらい世界中にワイナリーがあって、その中から良いものを探し出すことはワイン愛飲家の楽しみの一つとも言える。だから、優れた醸造家はリーズナブルな価格で自信作を市場に出し自分たちのワイン作りに対する情熱と努力を訴えるのです。
そして、そのワインの評価が高くなればそれを欲しいと言う人が増えることになりすぐに在庫が希薄になって価格が上がるという市場の原理がそこにある。ワイナリーとしてのブランドができてくると経営も安定してより良いものを作る基礎ができてくる。でもね、ブランドにあぐらをかいてしまうとすぐに見破られてしまう。努力は継続しなければ意味がない。

それは理解できました。でもDickさんの意図するところはどこなんでしょうか?「基本的にはものづくりに対する考え方、ですね。分かりやすく言うとそのものづくりに対する作り手の情熱と達成するための努力を知る、感じること、です」
安い、機械で作られたような均一化した味に慣れてしまうと良いワインを探す努力をやめてしまう。それは豊かな人生の可能性を自ら狭めてしまいますね。
より良いものを努力して見つけ、それを嗜むことで人生が少し豊かになることは確かです。作り手の想いがそのワインを通じてわかる気がするからです。

ゴルフクラブの開発も同じ発想で行うことにしている

ゴルフクラブの開発でも、もう少し深く考えると、世界中のどこかでもっといいものを作ろうと努力を始めている人は必ず存在します。それはワインをゴルフクラブに置き換えると今自分たちが最高のものを作り上げたとしても、それは完全無欠なものではなく、まだ成長の通過点だと考えるべきだと思う。最高のものを作り上げたと言うことは、素晴らしいことですが、発表した瞬間に世界のどこかで努力し始めている人たちにとって、それを超えることを目標にして動き始めている。

我々は現時点では彼らより少しアドバンテージを持っている位置にいると考える方が、彼らよりもさらに良いものを作り出す可能性は高い。つまり良いものができたからといって立ち止まっていたりすると、努力している人たちに抜かれてしまうことも考えられる。だから開発のスピードを緩めてはいけない、常に努力を続けなさい。革新的なものはいつか凡庸となる、常に革新的なもの、今はない技術、素材、製法、全てに新しい何かを見つけてそれを形にしていくという努力、そういった意味も含めて”Life is too short to drink cheap wine”と言う言葉を自分は使っています。

それにイリー・キャロウェイの考えもゴルフ道具は金持ちを対象としたものを作るべきではない、我々が作るゴルフクラブが今よりよりゴルフを楽しめるものであればあるほど、お金持ちだけが上手くなって、それは公平さを欠くものだと思う。誰もが購入できるくらいのものであればより多くの人が今よりゴルフを楽しむことができるなら、それはゴルフ業界にとっても良いことにつながるからだと思いませんか?

ではなぜナンバープレートのフレームに刻印したのですか?
「自分の車のナンバープレートのフレームに座右の銘的なフレーズを書き込んだら、車に乗る時には必ず目はそこを見るものです。1日に最低でも数回は見ます。車を運転しながらも意識することで、今行なっているプロジェクトはどうなのか、常に努力しているか、という気持ちを忘れないためにも良い場所だと思ってフレームを特注で作ってもらい、あのようにしています。

この考え方を聞いたのは確かGreat Big Berthaの開発途中1993年ころで私がCallaway Golfに入る1年くらい前のことだった気がしています。他のメーカーを取材した中でキャロウェイゴルフが大躍進した理由がここにあったと感じた瞬間でした。この時から言葉の持つ意味をどう捉えるか、誰が言ったのかはとても重要なもので、人生、少しでも長く生きて天才的な人の思考に触れることがどんなに素晴らしいことかを知る機会となりました。
Dickさん貴重な時間をいただきました。ありがとうございました。

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ABOUTこの記事をかいた人

1949年生れ  神奈川県出身
東海大学工学部航空宇宙学科卒、在学中は体育会ゴルフ部副将および関東学生ゴルフ連盟の連盟委員を兼務。パイロット志望から一転してゴルフ用品販売業務に携わる。ゴルフ工房を主宰しながら1988年からフリーランスゴルフライターとしても活動。国内外合わせて25のゴルフクラブメーカを取材し、記事として各誌に掲載する。「良いゴルフクラブとは何か」をテーマに取材活動を続ける。1989年米国キャロウェイゴルフの取材と掲載記事をきっかけに親交を深める。
その後1994年キャロウェイゴルフからのオファーを受け日本人初の正社員として契約。日本法人では広報担当責任者として6年間担当し、その後2014年までCorporate Relationsの担当責任者として勤務。主に対外的な渉外活動を行う。2015年からフリーとなる。
「日本のゴルフを面白くする」が新たな活動テーマ
キャロウェイゴルフ在職中はゴルフの普及や活性化のために幅広く活動。
◎ゴルフ市場活性化委員会広報責任者
◎一般社団法人日本ゴルフ用品協会 活性化委員、ジュニア委員
◎NPO日本障害者ゴルフ協会理事
◎北海道ゴルフ観光協会顧問
主な活動・著書
*著書:クラブが分かれば上手くなる!(スキージャーナル社)  
*取材編集:ゴルフの楽しみ方(講談社)