「イップス」という言葉を口にするだけで、途端に表情を曇らせるプロがいる。
それくらいゴルファーにとって忌み嫌われる深刻な病がイップスだ。
パターイップス、アプローチイップス、ドライバーイップス……。
イップス症状の出る箇所は様々だが、どのショットにおけるイップスでも、症状が進むほどにプレー全体まで影響が及ぶ。スコアを作ることができなくなり、ゴルフをすること自体が苦痛になってしまう。
「アマにはイップスはないと思います」
雑誌レッスンの取材中にプロから聞いた言葉だ。アマがイップスに罹ったと悲観して相談に訪れるが、スイングを診断すると必ずどこかに技術的な欠点や基本的な勘違いがあることが判明する。
改善には時間を要するとしても、基本技術を習得し直せば、呪縛のように染みついたミスの連鎖はほとんど解消するということだ。
イップスの要因はメンタルにあるというのは知られたところだ。
大事な場面で予期せず起きた決定的なミス(ショック)は記憶のファイルに閉じ込められる。技術的に特段の問題もない熟達の選手が同じミスを繰り返し(同様な場面で)、その失敗の記憶ファイルを積み重ねる内、自分で自分の体・動作の制御が不能に陥ってしまう。運動障害。それがイップスだという。
「 ジュニアがメンタルに支障を来して脱落する」
数年間ジュニアゴルファー達を見ていて「あの子はイップスになってしまった」という声を聞く事がある。
競技会で顔を合わせるジュニアゴルファー達は、共に切磋琢磨して成長する仲間でありライバルでもある。中学、高校とゴルフの経験も豊富になり、レベルは大人のそれとは比較にならないスピードでアップしていく。
その中で調子を著しく落としてしまう子がいる。
競技会での緊張したプレーを続けるうちに簡単なアプローチで失敗を繰り返し、悔やみ、恥じ入り、そのうちに同級のライバル達との会話もぎこちなくなって、彼らの輪の中からこぼれてしまう。
そんな子は少なくない。
当然ながら皆が等しく上達するはずもないのだが、単に不調というにはあまりに冴えないプレーが続くと、ある時期注目を浴びる存在であった子であるほど、その落差に耐えられなくなってしまう。
これはゴルフに限ったことでない。
あるセラピストから聞いた話だが、全国大会出場を目前にした野球部の監督からエースピッチャーが突然暴投を繰り返すようになったが原因はまったく不明。なんとか自信を回復させてやって欲しいと依頼を受けた。
技術習得の度合い。イップスと呼ぶべき症状か、そうではないのか。
アマかプロか。
不調の原因に差異はあるだろうが(そこに本人の思い違い、思い込みがあるにせよ)メンタル面に小さくない傷を負った結果、プレーに甚大な支障をきたしていることは違いない。
「不調時。この時こそ父兄・家族の出番だ」
少なくとも以前は優秀だったジュニア選手を、自分はイップスだと言わしめるまで追い詰めていく要因は主にふたつだと思う。
まず現在の実力を越える過大な目標を設定してしまうこと。
そして厄介なもうひとつの要因。それが他人の目だ。
これは過大な目標設定とも意を同じくするのだろうが、期待されたシーンで惨めな姿を見られることで必要以上に自分自身を傷つけてしまう。今日もまたここで、あのミスが…という恐怖心。
プロ並みの才能があると持て囃されるジュニアプレーヤーは各地にいる。期待された子が調子の波に乗っているならいいだろうが、メンタルで傷つけば、まだまだ精神的に未熟な彼らは冷静になってそこから抜け出す事が難しい。
迷い道に嵌った彼らを導けるのは指導者の能力と、そして…。家族、友人の優しい眼差しだと思う。
イップスに落ち込んだ子が、再び一流アスリートと称される選手になるにせよ、かつてほどの結果は残せなかったにせよ、絶不調時にかけられた優しさは心に深く刻まれる。
競技結果がどうあれ、自身の中で「闘えるまでは回復できた」という成功体験は以後の彼らの人生における貴重な糧となる。
当然ながらこれはジュニアに限らず、アマチュアゴルファー全般にいえることでもある。年齢にかかわらず、一人のゴルファーは深い悩みを抱えているとき、先行きを見通せず立ち止まる孤独な若者になっているように思う。特に男性にその傾向が強いように感じるのだが、それは私の勝手な思い込みだろうか…。
イップスについては、各方面で取材し、続けてレポートしていきたい。