米女子ツアーに日本人として初めて本格参戦した岡本は目覚ましい結果を残した。米国ツアーで17勝、欧州ツアーで1勝。1987年には米ツアーの賞金女王も獲得した。
このころ大阪の毎日放送が主催して日米両国の合同ツアー、ハワイアンレディースが開催されていた。同時期には日本人選手の出場が多い男子米ツアー、ハワイアンオープンも行われており、私は毎年のようにハワイを訪れて取材に当たった。現地でも岡本はトップ選手として常に注目の的で、米国のメディアやギャラリーも熱視線を注いでいた。
その頃、国内男子ツアーが広島で年2試合ほど行われていた。ある年のことだった。日曜日の取材を終え、翌朝、新幹線で大阪へ戻る途中、会社から私の元へ連絡が入った。三原駅で降りて呉線で広島へ引き返せという指令だった。岡本が米国で優勝しかかっており、優勝すれば安芸津町にある実家での取材が必要となるからだ。
これまでもこういう指令はしばしば受けたが、ほとんどが優勝を逃して空振りに終わっていた。しかし、その時は見事に優勝。そのまま実家に向かった。
大きな農家で両親とお兄さんがいて、いろいろと貴重な話を伺うことができた。帰り際に岡本のプレーしている写真を頼まれ、帰社後すぐに新聞紙大の写真を数枚送った。すると後日、私の自宅にじゃがいもがたくさん送られてきた。岡本家は日本でも有数のブランドジャガイモ農家だった。うちの子供たちは大喜びして「岡本さんのじゃがいもだ」と毎日食べていた。
樋口久子の日本人初のメジャー制覇となった全米女子プロ優勝ももちろん偉業だが、世界の強豪が集まる異国の地のツアーでこれほどの実績を残した岡本も本当に素晴らしい。05年には世界ゴルフ殿堂入りを果たしたことがそれを物語っている。(つづく)
WHO‘S WHO
岡本綾子(おかもと・あやこ)1951年4月2日、広島県安芸津町(現東広島市)出身。学生時代はソフトボールの選手。愛媛・今治明徳高を経て大和紡績福井で活躍。73年に池田CCの研修生となってゴルフを本格的に始め、74年にプロテスト合格。日本ツアーでも通算17勝を挙げ、87年には賞金女王に輝いた。05年に世界ゴルフ殿堂入り。
【2015年9月2日にデイリースポーツに掲載された記事を引用】