JGFでのJGJA特別セミナーにご参加いただきありがとうございました。

  「あっという間の1時間半でした」「中身が濃くて、もうちょっと聞きたかった」。

開催後、こんなうれしい声をいただきました。これもステージに豪華な顔ぶれが揃い、活発な議論をしていただけたおかげだと感謝しております。

業界注目のセミナーは昨日(2022年3月11日)の午前10時半にスタート。パシフィコ横浜の大会議室で、3日間の開催期間中、最初のセミナーとして先陣を切らせていただきました。

登壇者は北谷津ゴルフガーデンの土屋大陸社長、ゴルフパートナーの新井田勇二執行役員練習場本部長、マグレガーゴルフジャパンの松下健企画開発部課長、ゴルフダイジェスト・オンラインのブランディング推進室 広報・PRの向井康子さん。当協会会長の小川朗が進行役を務めました。

まず、コロナ禍で練習場、ゴルフ場、メーカー、中古市場などに何が起こっていたのか。リアルな情報が次々に飛び出しました。
役者がそろえば、議論は自然に盛り上がる。内容は予想通り、いや期待した以上の有意義なものとなりました。

聴衆の中には矢野経済研究所の三石茂樹フェローもおられたため、司会者がディスカッションコーナーの1番バッターに指名。業界における最新データの一端を明かしていただきました。

これからのゴルフ界がどこに行くべきか、という結論もある程度見えたように思います。新規ゴルファーに向けてのクラブの無料提供やドレスコードの緩和、子供たちがゴルフ場を身近に感じられるイベントの開催、休眠ゴルファーへの復帰サポートなどを地道に、休むことなく、まさに継続可能な試みとして取り組んでいくことが大事になるのだと思います。

リアル&リモートでご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。ご登壇いただいた皆様、開催に尽力くださったスタッフの皆様にも、厚く御礼申し上げます。

               日本ゴルフジャーナリスト協会会長
                           小川 朗



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岡本綾子や青木功が全盛の海外ゴルフツアーを特派員として7年半、300試合以上取材。1983年の全英オープンを皮切りに男女メジャー競技の取材もその1割強に上る。
「岡本綾子ゴルフのすべて」など多くの連載を取材・執筆。
運動部長、文化部長、法務広報室専門委員、広告局長、同顧問を歴任後2015年9月に退社。調査報道物を最も得意とし週刊パーゴルフで「ゴルフ場を造った男たち」、「日刊ゲンダイ」火曜日掲載の「今ゴルフ場で何が起こっているのか」などを連載した。現在も日刊ゲンダイ毎週金曜日の「ホントにゴルフは面白い!」、月刊ゴルフ用品界」で「ゴルフプラスアルファ」を連載中。スポーツ関連の問題でマスメディアからコメントを求められることも多い。GOLF Net TV「小川朗のゴルフギョーカイ学」ではゴルフの「キホンのキ」について解説している。。ノンフィクション、インタビューものにも定評があり単行本・新書版の分野でも精力的に活動。「岡本綾子のすぐにチェックしたい!ゴルフの急所」(日本経済新聞出版社)は紙面で1年にわたり連載したものに加筆・再編集したもの。「新書版ながら9刷のスマッシュヒットとなっている。「どんなクセでも自分で直せるゴルフレッスン」(星野英正)。『ゴルフは「自律神経力」で確実に10打縮まる!』(小林弘幸・横田真一)も大好評を博し「アスリートのパフォーマンス向上は腸内環境から」などのテーマで講演活動も精力的に行っている。終活カウンセラー協会の検定や勉強会などで講師を務め、介護業界のナンバーワンウエブサイト「みんなの介護」でも終活カウンセラーの立場から「在宅介護」をテーマに連載中。
現㈱清流舎代表取締役COO。
やまなし大使。
主な活動
「ゴルフまるごと生情報」の海外リポート、米LPGA「ファーモア・インベラリーC」(ともにテレビ東京)の解説も務めた。インターネットDAZNのゴルフ中継やラジオのコメンテーターも務めている。
法務広報室専門委員時代に日本自殺予防学会に入会、総会で「自殺とメディア」をテーマに講演。済生会病院のHPではソーシャル・インクルージョンのページで「いのちの電話」理事長や「自殺防止センター」相談員のインタビューを行っている。http://www.saiseikai.or.jp/social-inclusion/ また、スペシャルオリンピックス日本の公式ウエブサイト でも有森裕子理事長や安藤美姫らアスリートによる座談会http://www.son.or.jp/column/interview/index.html のインタビューも担当している。日本大学藝術学部文芸学科、日本ジャーナリスト専門学校などで『スポーツ新聞の作り方』をテーマに講師も務めた。