ゴルフ界がメダルの重さを知る日はいつか

東京オリンピックは、日本が史上最多58個のメダルを獲得した。金メダルは同じく史上最多の27個、銀メダル14個、銅メダル17個となった。連日のメダルラッシュの中、ゴルフでは男子の松山英樹は銅メダルをかけた7人でのプレーオフで敗れたが、女子の稲見萌寧が銀メダルをかけたプレーオフでリディア・コ(ニュージーランド)を下して、ゴルフ史上初のメダリストに。ゴルフは競技に復活して2大会目と浅いが、初のメダリストの価値は高い。

オリンピックの価値に気づき始めた?

プロにとって、国を代表し、賞金はなく、金銀銅メダルをもらえるだけのオリンピックの価値が、感覚的に分からないといわれてきた。

ゴルフ競技がオリンピックに復活した2016年リオデジャネイロ大会ではジカ熱という感染症もあって、多くの男子の世界ランク上位プロが欠場、逆に女子はトッププロが顔をそろえた。1988年ソウル大会でテニスが復活、プロ解禁になった際も同様の現象が起こった。

男子世界ランク上位の選手が「オリンピックの価値が分からない」として欠場。女子は世界ランクトップクラスの選手はこぞって出場し、この年に年間グランドスラムを達成することになるシュティフィ・グラフ(ドイツ)が金メダルを取った。金メダルとグランドスラムを合わせて「ゴールデンスラム」と呼ばれるようになった。グランドスラムより偉業とされている。

テニスもゴルフも、女子は「国を代表して」の気持ちが強いようだが、男子は「メジャーが重要」と思うようだ。賞金を稼ぐことにも重きがあるからだろう。テニスの男子たちはオリンピックのメダルの価値に気づいたのか、筆者が取材した1992年バルセロナ大会以降、世界ランクトップクラスも出場するようになった。

東京大会で、今年の全豪、全仏、全英を制しているノバク・ジョコビッチ(セルビア)が準決勝で敗れ、年間ゴールデンスラムのチャンスを逃して「最悪の気分だ」と話している。

東京大会はコロナ禍での特殊な大会となったが、ゴルフは男子も今回は世界ランク上位がエントリーしていた。残念ながら新型コロナウイルス感染陽性となって世界ランク1位のジョン・ラーム(スペイン)、6位のブライソン・デシャンポー(米国)らが断念したが、女子はリオデジャネイロ大会同様、各国の出場枠に制限がある中でも世界ランク上位がそろった。

男子で松山と同じ銅メダルをかけた7人のプレーオフで敗れたロリー・マキロイ(アイルランド)の各メディアの掲載された言葉が印象的だった。

「人生でこれほど3位になろうと必死に頑張ったことはありません。今日はメダルをかけて争った素晴らしい一日でした。今大会を経験して、パリに行ってメダルを手に入れたいとより強く思いました。すでに今から五輪までの3年間の時間が待ち遠しくなっています」といい、リオデジャネイロ大会の際にメジャーを重要視する発言をして「ジカ熱の懸念」で出場辞退した過去について「それは衝動的なもので、五輪についてよく理解していなかったからです」と話した。

同じく銅メダルのプレーオフで敗退したポール・ケーシー(英国)は「ゴルフを五輪に残すべきかと問われれば、“100%イエス”と答える。今週出た選手たちの情熱を見ればわかると思う。国を代表して戦うのは、これ以上ないことだ」(ゴルフダイジェスト・オンライン)と発言している。

2大会目という事で、特に男子で出場権がある世界ランク上位のプロたちの、オリンピックへの価値観が少し変化して、女子に「追いついて」来ていると感じた。リオデジャネイロ、東京2大会連続で辞退した選手もいるが、30年前のテニスと同じ現象だ。

オリンピックのメダルが生み出すものは

オリンピックは、一般の方々、特に子供たちにスポーツの楽しさ、競技への興味をもたらすのに絶好の舞台だ。東京オリンピックはほとんどの会場が無観客開催だったので、子供たちが生で観戦できなかったのが非常に残念だったが、メダルの獲得がその競技の入口になる、次世代の夢になる、というのは過去のオリンピックで必ず見られてきた現象だ。

「メダルの価値」「メダルの重さ」は、もちろん獲得した本人が一番うれしく、それぞれの思いが込められているのだろうが、その競技の普及の形で「未来」につながるところにある。日本では競泳しかり、体操しかり…。メダル1つでその競技の未来が変わることもある。最近ではフェンシングがいい例だ。メダルは「人」を生む。

東京大会ではスケートボードやボルダリング(スポーツクライミング)、サーフィンなどの新競技で日本選手がメダルを獲得したことで、子供たちの注目を集めるかもしれない。

ゴルフは…本当なら子供たちや若年層に始めてほしいところだが、どうだろうか。むしろ、オリンピックを見て、ゴルフをやめていた人たちがまた始めてくれるかも、という期待は持てないだろうか。

ゴルフをやっていない人も松山、稲見に期待した

東京オリンピックのテレビ中継で、ゴルフの視聴率(ビデオリサーチ、関東地区)は報道によると、松山が銅メダル争いをした8月1日が20.7%、稲見が銀メダルを獲得した8月7日は16.4%だった。ちなみに、松山が初のメジャー制覇を果たした4月のマスターズ(最終日後半)は12.1%だった。

男女ツアーの視聴率は、日本ゴルフトーナメント振興協会(GTPA)のデータによると、今年は男子が3%台、女子は5%前後だから、驚異的な数字だ。

視聴率は諸説あるが、高いところで1%=100万人相当が視聴しているといわれる。レジャー白書によると、日本のゴルフ人口は2019年に580万人という数字に落ち込み、現在は800万人超ぐらいとみられている。

「日本選手のメダルがかかっている」というと、そのスポーツをやるやらないにかかわらずオリンピック中継を見る人が多い。視聴率から見ると、単純計算で1000万~1500万人ぐらいが現在のゴルフ人口に入っていない人たちだ。その中にゴルフを中断している人が多くいたのではないか。また「やってみようか」となれば、ゴルフ界にとっては朗報だ。

銀メダルを披露して回ってほしい

松山は残念だったが、稲見の銀メダルが、今後ゴルフ界にどんな影響をもたらしてくれるか。稲見はインタビューで「日の丸背負ってメダルを獲れることは本当にうれしいこと。人生の中で一番名誉でうれしい。(日本勢初のメダルに)重大な任務を果たした感じがありますね」と話している。

現地取材ができなかったので、新聞やネットなどで画像を探したが、稲見が日の丸を背中に掲げている画像を見つけられなかった。オリンピックメダリストのほとんどは、国旗を背中に掲げて喜びを表現している。関係者が日の丸を用意していなかったのだろうか。そんなオリンピックならではの光景も見たかった。

今後、ツアーでの稲見の選手紹介では「東京オリンピック銀メダリスト」を強調してもらい、できれば稲見にはギャラリーにメダルを見せてほしい。他競技では、特に子供たちのイベントにはメダルを持参して、触ってもらっているメダリストは多い。筆者の取材経験では、子供たちは「重い」「きれい」「ほしい」と、はしゃぐ。そんな体験をさせるのもメダリストの役割でもあると、過去のメダリストを見て思う。稲見にはぜひ銀メダルをしまい込まないでほしい。日本のプロゴルファーで持っているのは稲見だけなのだ。

競技復活したリオデジャネイロ大会でのトップ選手欠場もあってオリンピックでのゴルフ競技の存続が危ぶまれていたが、次の2024年パリ大会(フランス)での実施は決まっている。2028年ロサンゼルス(米国)、2032年ブリスベン(オーストラリア)もゴルフが盛んな地。存続には明るい材料だ。

オリンピックでゴルフはまだ「新参者」と言えるが、ゴルフ界が、出場した選手が、「オリンピックの価値」「メダルの重さ」を知る時が早く来ることを願いたい。

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ABOUTこの記事をかいた人

1959年北海道札幌市生まれ。札幌南高―北海道大学工学部卒。82年日刊スポーツ新聞社入社。同年から計7シーズン、ゴルフを取材した。プロ野球巨人、冬季・夏季五輪、大相撲なども担当。2012年、日刊スポーツ新聞社を退職、フリーに。
著書に「ゴルフが消える日」(中公新書ラクレ)、「ビジネス教養としてのゴルフ」(共同執筆、KADOKAWA)
日本プロゴルフ殿堂、国際ジュニアゴルフ育成協会のオフィシャルライターでHPなどに執筆。東洋経済オンラインでコラム「ゴルフとおカネの切っても切れない関係」を担当。趣味で「行ってみました世界遺産」(https://世界遺産行こう.com/ )を公開中。
【東洋経済ONLINEより】
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