○デシャンボーの
「全番手同一長さ」のアイアンセット
マスターズ・トーナメントではアマチュアながら21位の成績を挙げ、翌週プロ転向してすぐRBCヘリテージで4位に入ったブライソン・デシャンボー。大型新人の出現として注目されているが、それとともに彼が使っているアイアンの長さが全番手同じ、ということでも注目されている。
彼がこのクラブを使っていることは意外に今後のゴルフクラブの設計に大きな影響をもたらすかもしれないと思うので、その点について私なりの意見を書きたい。
「全番手同一長さ」のクラブの影響は2つの面が考えられる。
ひとつはプレーヤーの立場への影響。実はこれまで全番手同一長さのアイアンを作ったゴルファーはかなり多い。個人的に試したゴルファーも数多くいるし、市販クラブでその種のセットを売り出した例も(少ないが)いくつかあった。
「5番は上手く打てるのに、6番がミスばかり……」
セットで売られ、同じように振れば同じようにナイスショットできるはずのアイアンの、特定の番手が当たらない。そんな経験をしたゴルファーは少なくない。そうでなくても「長いアイアンが上手く打てない」とか、「短いアイアンでヒッカケが出る」とかという症状に悩んだゴルファーはもっと多いだろう。
なぜ特定のアイアンでミスが出るのか? あるいは長いアイアンが上手く打てないのか? そう悩んだ結果、全部のクラブを同じ長さにすれば、全部同じように振れて、同じようにナイスショットできるはず、と思うのはごく自然のことだ。
○同一長さセット、ユーザーのメリット
プレーする立場からの「全番手同一長さ」アイアンのメリットは「同じボール位置、同じ姿勢でアドレスでき、同じスウィングプレーンでスウィングできる」ことだ。長さが同じだからスウィングのテンポも同じでいい。
つまりシンプルにスウィングしてクラブが勝手に距離を打ち分けてくれる、楽なセットになるというメリットだ。
○同一長さ、メーカーのメリット
作る側にとっても「全番手同一長さ」のアイアンはとてもメリットがある。そのメリットは、とにかくアイアンセットの製造がシンプルで楽になることだ。
ゴルフクラブは基本的に短い距離用のクラブほど短く作る、という約束事がある。この約束事が、クラブ作りをとても複雑にしている。
長さが違うクラブを何も考慮せず作ると、長いクラブほどヘッドが重く感じられ、振りにくくなる。これは学校で習った「シーソーの原理」を考えれば分かるはずだ。同じヘッド重量なら長さが長くなるほど、先が重く感じられる。
それを同じ重さに感じられるように、長いクラブほどヘッドを軽くするように、今のクラブは作られている。ヘッド重量を番手ごとに変えて作る必要があったのだ。
調整の必要はこれだけではない。長さが違うクラブをそのまま使おうとすると、クラブを構える姿勢を変えなくてはならなくなる。長いクラブは精一杯背伸びして持ち、短いクラブは思い切り屈みこんで持つ。 その差、大体15cm。30cmの物差しの半分くらいの違いだ。これ、結構構えにくい。
その差を縮めるために、今の一般的なクラブはライを変えて作っている。ライとは体に向かってのクラブの傾き。長さに合わせて傾き具合を加減し、それを握る手の高さをあまり変わらないようにする。長いクラブは水平に近い角度で構え、短いクラブは垂直に近い角度で構える結果、構える姿勢はあまり違わなくなっている。ただし、ボールの位置は長くなるほど体から遠くなる。こんな約束でクラブを作っている。
そしてもうひとつ、とても複雑な作り方をしているのが、シャフト。長くて軟らかいシャフトの先に重いヘッドが付いているゴルフクラブは、そのシャフトのちょっとした違いでタイミングや振り心地が変わる。「番手別設計」というアイアン各番手ごとに設計したシャフトを用意するくらい、セット内のシャフト硬さや重量を調整して、「同じ感じで振れる」クラブにするのに苦労している。
以前は1本のシャフトの端からカットして1セットすべてに使えるようにしたモデルもあった。短い番手ほど軽くなる。それでは使いにくいと「全番手同一重量」のシャフトが作られ、最近では逆に短い番手ほど重くなるモデルが増えている。
どれがいいのか意見が定まらないくらい、アイアンセットのシャフト作りは難しい。
ところが全番手同一長さなら、これらの面倒な工夫が不要になる。ヘッド重量は全番手同じ。ライ角度も同じ。そしてシャフトは1種類作れば、それを全番手に使える。これまでのアイアンクラブ作りの手間があっと言う間に省けてしまう。
ゴルファーは1本の番手をマスターすれば、どの番手も同じ感覚で振れる、メーカーは重量管理やライ角の管理、そしてシャフトの設計、在庫管理の手間を大幅にカットできる。作り手も使い手もハッピーな、うれしいアイアンセットができるのだ。
○メリットが多い同一長さセットは
なぜ作られなかったのか?
……というメリットに惹かれて、自分で全番手同一長さのセットを自作するゴルファーや製品を売り出すメーカーが、過去に何度も出た。そしてそれらはほぼ全滅状態で失敗した。未だにその種のセットが売られていないのを見て分かるように、大体この種のアイデアは失敗する。なぜだろう?
たまたま私はその種の市販クラブを取材したので、原因はほぼ分かっている。簡単にいえば距離差が出ないのだ。
簡単な例で説明しよう。3~9番までのアイアンセットを全部6番の長さで組んだとする。3番アイアンも6番の長さで作ることになるが、そんな短いクラブで3番の距離を出すのが簡単なわけはない。普通に考えても分かるだろう。
専門的にいえば、ゴルフクラブの距離の差はロフトによる影響より長さによる影響の方が大きい。ロフトと長さ、両方を調整することで何とか現在の距離差を実現している。だから長さが同じクラブで距離差を実現するのはむずかしい。
なお、短いクラブで遠くに飛ばすより易しいかもしれないが、6番の長さの9番アイアンを9番の距離以上飛ばなくするのも決して簡単ではない。
重量、ライを一定にし、ロフトだけ3~4度刻みにして作った同一長さのアイアンセットは、飛ばないロングアイアンと飛び過ぎのショートアイアンとのセットになる。工夫が必要だ。
普通に考えれば3~4度刻みのロフトを5~7度刻みくらいにすればいい、ということになるのだろう。でもこれは思っているほど簡単なことではない。
最近はプロモデルでも6番で30度程度のロフトがある。こういうモデルで5度刻みのアイアンを作ると9番は45度。ウェッジの領域のロフトになる。プロの中にはまだ2番や3番を使うケースがある。3番15度、2番10度……。実際に作ってみなくては分からないが、「ロフトレンジを広げればOK!」というほど簡単ではなさそうだと想像できると思う。
ということで全番手同一長さのアイアンセットは、メリットたくさんあるが飛距離差とロフトレンジという、多分面倒な調整の問題が残ると思う。で、なぜそれが「デシャンボーさん、GJ!」なのか?
それは過去失敗を繰り返してきて、「チャレンジした人ほど否定する」風潮を否定するかのように、彼が実績を挙げたからだ。プロトーナメントという高レベルな場で高い成績を挙げられるということは、このコンセプトに可能性があるということだ。もしかしたら将来同一長さのクラブセットが作られ、容易にゴルフが楽しめるようになったり、上達できる人が増えたりする。そんな可能性があるからだ。
○百回の失敗を乗り越えた
一回の成功が歴史を塗り替える
実は私たちは一度、そういう経験をした。今では当たり前のように使われている長尺ドライバー。1970年代に売り出されたとき、過去チャレンジした人ほど、打ちもしないで否定した。長すぎると振り切れず、かえって距離が出ない。長くなると芯で当たる率が減る……。確かに過去挑戦したときには失敗した例が多い。
だが、軽量で長くても振りやすいシャフトが出、大きくて芯が広いメタルウッドやカーボンウッドができるようになった70年代には、長尺でも打ちこなせるドライバーが作れるようになっていた。環境の変化に気付かない業界人が否定し、そんな歴史を知らない普通のゴルファーは興味を持って使い、飛距離アップの成果を手にした。
過去の例は、あくまでも過去の例。仮に問題点は残るとしても、それを解決できれば多くのメリットがもたらされる新コンセプトのクラブはとりあえず応援し、試してみるのがいい。その弾みをつける意味でデシャンボーさんのアイアンセットはとてもうれしい話題なのだ。
デシャンボーのアイアンセットのロフトレンジがどうなっているか? ぜひ知りたいと思う。かなり大きな差を付けているとすれば球筋やスウィングしやすさに影響がないか知りたい。そしてあまり差が付いていないとすれば、それでも飛距離差が出ることを確かめたい。
というのはアイアンクラブの飛距離と球筋の差はどこから来るのか、ちょっと疑問があるからだ。
ここからはいわば余談なので、興味がない方はここで読むのを止めていただいたほうが良いと思う。とりあえず、ここで一旦休憩。私もちょっと休憩する。
*********** 休憩終わり・以下余談 *****
話はずっと以前、まだ計測器が未発達な時期のことだ。その頃ゴルフ雑誌の企画として、クラブの重心と球筋の違いを確かめようとした。重心位置がはっきり高いアイアンと低いアイアン。2つをスウィングロボットで打ち比べ、球筋の違いを比べようとしたのだ。
スウィングロボットを持っているボールメーカーにテストに協力してもらえないか問い合わせたのだが、答は否定的だった。
○アイアンの距離差を作っているのは
クラブか、ゴルファーか?
「6番アイアンをロボットに打たせても必ず6番の球筋になるとは限らない。5番の球筋にもなるし、7番の球筋にもなる。ちょっとしたセッティングの違いで球筋は大きく変わる。メーカーの実験ではセッティングを微調整して、『このくらいが6番アイアンの球の高さ』という状態になってからテストを始める」
その当時相談した担当者から聞いた話だ。この言葉はよく覚えている。それなら人間も同じように判断しているのではないかと思ったからだ。
自分が「この位の高さが6番の球筋」と思い、その高さで飛んだときナイスショットしたのだと思う。その高さにならないときは自分の打ち方が悪い。そう判断しているのではないか。ゴルフクラブの性能の判断、実は機能面を評価しているのではなく、そのクラブで自分が目指す球筋を楽に打てるかどうかで決めているのではないかと思うのだ。
プロの場合はその球筋がいつでも出るように練習を繰り返した結果、その球筋で打てるようになる。球筋の高さを決めるのはクラブの性能ではなく、ゴルファー自身のスウィングのほうなのかもしれない。
実際、今のように女子プロゴルフトーナメントが注目される前は、使っているクラブも案外不揃いのものが多かったという。ロフトが逆転していたり、スウィングウェイトがバラバラだったり。そんなクラブを使いながら、「この番手で距離が出ないのは私がきちんと打っていないから」と原因を自分のスウィングのせいだと考えて何度も練習する。その結果各番手にふさわしい球筋と飛距離の球を打てるようになる。そんなプロが少なくなかったという。私が取材した経験でも、そういう例は多かったと感じる。
プロならそういう使い方も可能かもしれない。6番の長さのアイアンで3番の飛距離を出すのはむずかしい。が、それは不可能ではない。長いクラブは無意識にちょっと頑張って振り、短くなるにしたがって少しずつ力をゆるめてインパクトする。もともと3~4度刻みのロフト差は付いている。それでも足りない各番手の飛距離の差はプロ自身のスウィングで調整する。そうやって距離差を作っているということも、ありえないことではない。
右に出やすい番手、左に出やすい番手、そしてロフト差がほとんどない番手同士。今のようにプロ支援体制が整っていない頃の男子プロのアイアンでも、そういうものは見つかった。それでも彼らはゴルフをプレーし、それなりの成績を上げていた。
○「人が使う道具」としてのクラブ評価が
ゴルフクラブの可能性を広げる
パターを除いた13本のクラブが完璧に揃ったセットが当然だといえるほど、ゴルフクラブは精密には作られていない。まぁまぁ似たような作り方をされたクラブを、ゴルファーの調整能力で間に合わせて使いこなす。それがゴルフプレーというものなのではないかと、最近感じている。そしていっそ人間の調整能力をも考慮に入れてクラブという道具を考えたほうが結果的に「全番手同一長さ」のようなメリットの多いセット作りへの道を開いてくれるのではないか?
デシャンボーのクラブの話題から、私はそんな感想を抱いている。もしそんなクラブの捉え方と、発想の自由さが彼のアイアンセットからもたらされるなら、それもまた「GJ!」だと思うのだ。