聞き手・小川 朗(JGJA会長)
9月5日、東京オリンピック・パラリンピックは全日程を終了した。ゴルフは男子4日間(7月29~8月1日)、女子4日間(8月4~7日)の競技(オリンピックのみ)が埼玉県川越市の霞ヶ関カンツリー倶楽部で行われた。男子は松山英樹が銅メダル争いのプレーオフに残ったものの惜しくも4位タイ。女子は稲見萌寧が見事銀メダルを獲得した。一方で世界のゴルフ関係者が注目したのは、猛暑の中、練習日から15日間、好コンディションを保ち続けたベントグリーン(007)など、コースのメンテナンス技術。大一番を裏から支え続けたスタッフたちの仕事ぶりについて、統括グリーンキーパーの東海林護氏に聞いた。
【東海林氏と一問一答】
――お疲れさまでした。1年延期の末に大会開催となったわけですが、実質的には3年間の準備期間があったということでよろしいでしょうか。その内容と関わったスタッフの人数、担当の構成なども教えて下さい。
東海林 ありがとうございます。私自身はオリンピック開催地に決まった後から勤務しておりますので個人的には2年半程度ですが、当倶楽部としての準備期間は開催地として内定してからの約8年間です。
オリンピックに関するメンテナンス内容はIGF管轄ですので、IGFの許可を得ないと具体的な内容はご説明できませんが、当倶楽部として重要視していたのはコースの隅々まで健全な芝生を準備する事でした。基本的には通常営業時よりも緻密で精度が高いメンテナンス作業を実施する事に専念しておりました。
スタッフ数は流動的でしたが大体50名程度で36Hを管理しておりました。コースの隅々まで健全な芝生を育成する為には、スタッフがオールマイティーに作業を行える事が重要ですので、個人の仕事を固定化するような担当構成はしておりません。管理職構成は、統括グリーンキーパー1名、アシスタントサブキーパー5名、メカニック1名、アシスタントメカニック1名です。
――具体的に、真夏の川越で15日間、グリーンを持たせるためにどのような作業をされたのでしょうか。芝の耐性を高めるために、いろいろと尽力されたと聞いております。
東海林 日本には川越に限らず多くの地域のゴルフコースで35℃以上の中でベントグリーンを管理している実績があります。当倶楽部も毎年猛暑の中で通常営業をしていますので、ベントグリーンの管理は例年とそれほど大きく異なる事はありませんでした。ただし、通常営業とは異なり競技仕様のコンディションを作らなければならない為、日常的に芝の刈高を低めに維持したり、定期的に競技性を意識したコンディションを作ったりという芝のトレーニングを実施していました。
――IGFからはどのような要請がありましたか?
東海林 前述の通りIGFの許可がないと具体的なご説明はできませんが、基本的には芝生を健全な状態で維持管理する事と、競技性の為にグリーン、ティー、フェアウェイに不陸が無い事、競技時に問題とならない様にバンカーの排水性や砂の厚みを適切に管理する事、競技性の為に数ホールのフェアウェイラインを変更する事です。
――デニス・イングラム氏との仕事を振り返ってください。
東海林 日本とは異なる考え方の管理手法や、大規模な大会を開催するために必要な準備、大会期間中の作業対応など多くの事を勉強させていただきました。また、長期間にわたって休みを取らず、毎日長時間コースに出ており、現場を大事にされていて、極めて勤勉な方だと感じました。デニス・イングラム氏のみならず、IGFの方々には大規模な国際大会の経験がない私共にご指導いただき、成功に導いてくださった事に感謝の気持ちでいっぱいです。
――実際の所、競技中のグリーンの状態はいかがだったのでしょうか。8日間の競技中のコースコンディションを振り返って下さい。グリーンについてもお願いします。
東海林 2週間と通常より長い大会期間のため覚悟はしていましたが、長雨あり、猛暑あり、雷雨あり、乾燥あり、(直接的な影響はありませんでしたが)台風ありと、ありとあらゆる気象状況が発生しましたので、コースコンディションも競技期間中に何度も変化しておりました。男子競技の直前までは梅雨明け後の猛暑と乾燥でコースが過乾燥状態にありましたが、練習ラウンド期間中の27日に東北に上陸した台風8号の影響で男子3日目の31日までは毎日降雨(10㎜~45㎜)がありました。部分的に過湿になった箇所が発生したり、グリーンが多少軟らかくなったりしましたが、降雨のおかげで過乾燥が解消されて緑度が向上しましたので、ビジュアル的には綺麗な状態になりました。そこから女子最終日までは連日猛暑日で、比較的風が強かった為にコースは急激に過乾燥状態へと戻っていきました。個人的には、男子競技と女子競技間の8月2日、3日の女子練習ラウンド時がコンディション的にもビジュアル的にも最高の状態だったと感じています。
――アコーディア・ゴルフから瀧口(悟)エリアコースマネージャー以下29人の応援があったそうですが、他の組織からも応援はあったのですか?霞ヶ関のスタッフと外部スタッフとのチームワークやコミュニケーションについてはいかがでしたか?
東海林 コース管理ボランティアは、日本ゴルフ協会のご協力のもと組織委員会が募集され、アコーディア・ゴルフのみならず日本全国のゴルフ場から参加して頂きまして大変感謝しております。他社から参加された方々につきましては組織委員会にお問い合わせ頂きますようお願いいたします。
IGFから、期間中は霞ヶ関CCも他コースも出身コースに関係なく、全員でオリンピックチームだと指示を受けておりましたので、ホスト倶楽部として当倶楽部の管理職がリーダー的な業務を担当していた以外は、参加者全てが分け隔てなく様々な作業に従事しておりました。特に皆が同じ大会用ユニフォームを着用してからはオリンピックチームの意識がより湧いてきて、勤務スケジュールや作業内容は厳しかったものの、とても雰囲気が良いチームであったと感じています。
――オリンピックが終わって、今のお気持ちを。秋のシーズンの一番いい時期なら、もっと作業が楽だったということは言えますか?また、他のシーズンであれば、もっといいグリーンに仕上げられたという思いはありますか?
東海林 オリンピックという大きな国際大会の競技を無事こなせた事に関しては、開催コースとしての使命を果たせた事に安堵しておりますが、現在もコースの復旧作業中ですので、グリーンキーパーとしては、オリンピックが終わった感覚はまだありません。
オリンピックの開催時期は何年も前から決定していた事ですので、『別の時期であったら』という事を考えたことはありません。個人的にゴルフコース管理者は季節やその時々の気象状況の中において最良なコンディションを提供する事が重要であると考えておりますので、国際競技に大きな支障をきたす事なく競技が成立した以上、今回の開催時期においてはベストなコンディションを提供できたのではないかと考えております。
――今回の経験で、得たものは何でしょうか。オリンピックを開催したことが、日本のゴルフ場のコース管理の在り方や方法を大きく変えることになりますか?
東海林 私共の通常業務はもとより、他の日本のゴルフトーナメントでも考えられないくらい大規模な大会であったため、関わる組織・人数・決まりが多く、さまざまなことを調整しながら適切なコースメンテナンスを進めるという得がたい経験をできたと感じています。オリンピックのゴルフ競技は他のゴルフトーナメントとは異なり、ゴルフ単体での競技ではなく、複合的な国際競技大会の内の一競技という位置づけです。多くの事が一般的なゴルフトーナメントとは異なっていたので、今後の日本のコースメンテナンスに何を活かせるのかは正直わかりません。しかしながら、高温多湿下においても国際大会を開催できる日本のゴルフコースメンテナンス技術は世界に示すことができたと思います。実際にテレビでオリンピックを観た海外のグリーンキーパーからグリーンのメンテナンス手法についてメールでの問い合わせも来ており、この様にもっと日本のコースメンテナンス技術が世界的に認知される様になれば、オリンピックを開催したレガシーの一つになるのではないかと思っておりますし、多少なりともそれらに貢献できていれば光栄です。
【インタビュー後記】
当初予定されていたオリンピックの開幕を1年後に控えた2019年8月。テストイベントとなった日本ジュニアゴルフ選手権終了後、霞ヶ関CCの練習グリーンに、東海林氏がぽつんと一人でたたずんでいた。30分程度だったが、1対1でじっくり話を聞く機会に恵まれた。
この時、すでに男女連続開催におけるグリーンのコンディション維持が最大の課題となっていた。IGFのピーター・ドーソン会長は「グリーンの硬さと速さを2週間継続することが課題」と明言し、東海林氏自身も「(男子の試合から)いかに余力を残して女子の試合につなげられるかがカギ」とその難しさを認めていた。
日本の最も暑い時期に、一説には日本一暑いとされた川越市での開催。多くの関係者が「暑さに強いバミューダグラスの方がいい」と警鐘を鳴らしていただけに、好コンディションに仕上げ、それを大会期間中維持できれば、内外から大絶賛されるに違いなかった。
実際、そうなったのだから、見事というほかはない。これは感染対策にも細心の注意を払いながら、コースメンテナンスに携わったスタッフたちによる努力の賜物。文中にも登場する瀧口氏も「詳しいことは統括グリーンキーパーに聞いて下さい」と前置きしたうえで、こう続けた。
「2週間続けて、同じコースで2大会を開催するというのは国内でも前例がなく、(状態を)もたせるというのは非常に厳しい。でも開幕1週前の段階でグリーンの状態や硬さ、根の張りなどが、すごくいい状態でした。霞ヶ関のグリーンは形状が極端ですので、高い所も低い所も同じように仕上げるのは本当に大変なんです。ホール間のバラつきもなく、均一に管理できていたのは、それまでの積み重ねの成果だと感じました。
その段階から刈り高も下げていきながらグリーンをダブルカットして、ローラー転圧もしていき、硬さというか面のコントロールをしていくという作業を始めました。2回刈るというのもローラーをかけるというのも芝にとってはストレスです。試合中は水の管理をすごく注意していましたね」と成功までの道のりを振り返った。
大会の前半は台風8号の影響による雨が続き、後半はキャディーが相次いで熱中症でダウンするほどの猛暑に見舞われた霞ヶ関CC。そこから「日本の確かなコースメンテナンス技術」がテレビ画面を通じて世界に発信された。その高い評価は、海外から届いたメンテナンス手法への問い合わせによって、証明されている。
コメントを残す