「練習場の姿とコースの姿は『別人28号』!」-腰痛に泣くジャンボ尾崎(69)「重大局面」!

男子ゴルフの尾崎将司(69)が「いま、重大な局面に立たされている」と、46年間のプロ生活に終止符!を示唆するコメントを発して波紋です。ダンロップ・フェニックス2日目(11月18日)、アウト9ホールで腰痛のため棄権。次週のカシオ・ワールドにはエントリーしておらず、今季の自身最終戦となったところで、来季以降の現役引退をほのめかしたものです。十年余り前から腰椎の狭窄(きょうさく)からくる神経圧迫の腰痛に悩まされ続け、それと戦いながらもレギュラーツアーにこだわってきたジャンボにも、ついに″重大な決意”を断行する日が近づいたようです。「まだ最終結論を出したわけじゃないが、このオフじっくり考える」と、苦しい表情でつぶやきましたが、日本ゴルフ界に燦然と光り輝いてきた大きな灯が、ついに消えるのでしょうか。

フェアウェイでも腰にクラブをあて、少しでも腰への負担を少なくして歩くジャンボ。ここ数年、ずっと見られる姿だ。

フェアウェイでも腰にクラブをあて、少しでも腰への負担を少なくして歩くジャンボ。ここ数年、ずっと見られる姿だ。

☆     ★      ☆

今季出場12戦中、9回目の途中棄権を申し出たジャンボは、着替えを済ませてロッカールームを出てくると、集まった数人の記者にもすすめられ、傍らのソファーに倒れ込むように腰を下ろしました。
「やっぱり腰が・・な。歩かなければ大丈夫なんだけど、数百歩あるくとすぐ痛くなる。それが何十年も続いてるから下半身が衰えて、足の力がなくなってきている。腰にも負担がかかってくるんだ」

練習は手を抜かないジャンボですから、毎日のように千葉にある自宅練習場に姿をみせます。コースでいえば、1ホールほどの広大な練習施設。打ちっぱなしもできれば、アプローチ、バンカー、もちろん練習グリーンと完備しています。集まってくる若いメンバーたちを見ながらジャンボも打ちます。

練習場で打っていると、何の問題もないように思えるのです。「だから自分でもつい試合に出てみようかなと思ってしまう」(ジャンボ)。永久シード権を持っているジャンボは、エントリーさえしていればいつでも試合に出られます。ところがコースに出て真剣勝負になり毎日18ホールを歩くとなると、事態はがらりと変わるのです。ジャンボは冗談まじりにいうのです。

1週前の三井住友VISA太平洋マスターズでドライバーを打つジャンボ。ずいぶんスイングが小さくなっていた(静岡・太平洋クラブ御殿場)

1週前の三井住友VISA太平洋マスターズでドライバーを打つジャンボ。ずいぶんスイングが小さくなっていた(静岡・太平洋クラブ御殿場)

「練習場の姿とコースでの姿は『別人28号』だからな。やってても、つまんないんだよ」ー。

今季も、試合を選びながら12試合に出たが、一度も予選を通ることなくシーズンが終わりました。しかも初日を終わって2日目から棄権というのがほとんど。18ホールが限度という状態ですから、その苦しみは想像に難くありません。2日間はプレーをしての「予選落ち」は3回。中でも4月の中日クラウンズ(パー70)では、1Rインで4つのバーディーを奪い、17番を終わって1アンダー。69歳のジャンボが18番をパーで上がれば13年のつるやオープン以来2度目のエージシュートでしたが、最終18番で2メートルのパーパットがカップの縁で止まってパープレーに終わる無念のラウンドもありました。ツアー予選通過最年長記録更新がかかった2日目は87の大たたき。ここも予選落ちでしたが「10年ぶりくらいのティーショットが打てた」と、まだまだ健在ぶりをアピールしました。もう1試合は、6月の日本ツアー選手権森ビル杯。初日82のジャンボは2日目、パー5の2番で残り229ヤードの第2打を50センチに乗せてイーグル。12番までノーボギーのプレーで再びエージシュートの期待が膨らみました。が、13番以降、強い風の影響もあって3ボギー、1ダブルボギーで結局1オーバーの72。予選通過は成りませんでしたが「可能性は見えてきた」と前向きな発言が聞かれたほどです。

70歳に近づくにつれてもジャンボのトレーニングは若者にも負けないものでした。2年前のオフには、大きな砂袋を腰から引き、足腰を鍛えようとしたり、上半身の鍛錬にも取り組んでハードなオフを過ごしました。それでも大きくは改善できなかったことから、昨年オフはハードトレは控えるメニューで今季に備えました。先の中日クラウンズや日本ツアー選手権などにみせた″健闘”には立ち直りの気配を感じさせましたが、やはり1年1年、寄る年波には勝てないようです。

今年6月、イーグルまで出して復調が期待された試合。渾身の力でドライバーを振ったジャンボ尾崎。(茨城・宍戸ヒルズ)

今年6月、イーグルまで出して復調が期待された試合。渾身の力でドライバーを振ったジャンボ尾崎。(茨城・宍戸ヒルズ)

「歩くと(腰が)はってくる。腰が悪いとゴルフにならないんだよ」と、ジャンボの嘆きはここへきて深刻さを増していました。出場は12試合とはいえ、長年続く腰痛に加え、さらに1シーズンの疲れがどっと出て、老いてきた体を痛めるのでしょうか。
「レギュラーツアーで戦えなくなったらオレのゴルフ人生は終わり」と、青木功や中嶋常幸らの″戦友”が戦うシニアツアーには見向きもしない″尾崎将司の哲学〝をいまだに変えようとはしません。ジャンボ軍団に身を置いてきた同年輩でシニアで戦う佐野修一プロ(68)は、ジャンボの「重大局面発言」を聞き「ジャンボももういいよ。十分やり尽くしたんだから。シニアにきて、好きなゴルフを楽しんで多少のご褒美(賞金)でももらっていけばいいのに・・。もうシニアでも勝てないかもしれないけど」と、温かいエールを送っています。

1970年、プロ野球からプロゴルファーに転身。驚異的な飛距離と華やかなキャラクターで日本のゴルフ人気を飛躍的に高めた立役者。プロ2年目の71年の日本プロで初優勝したのをスタートに「ジャンボ時代」の幕をあけ、以来通算113勝(うちツアー94勝)。8打差逆転が4度もあるなど奇跡的なプレーも演じてきたジャンボ。02年の全日空オープンでは55歳という最年長優勝記録(73年ツアー制度施行後)を樹立。計12度の賞金王。海外でも73年のマスターズ8位。89年の全米オープンでは最終日、一時首位に並んでメジャー制覇の期待を高めたこともあります(最終6位)。66歳の13年、つるやオープン初日に62をマーク。ツアー史上初のエージシュートを果たしました。

青木功JGTO会長(左)の激励を受けたジャンボ(右)。青木会長はジャンボのアイアンを握ってスタート前のジャンボに話しかけた(6月、日本ゴルフツアー選手権=茨城・宍戸ヒルズ)

青木功JGTO会長(左)の激励を受けたジャンボ(右)。青木会長はジャンボのアイアンを握ってスタート前のジャンボに話しかけた(6月、日本ゴルフツアー選手権=茨城・宍戸ヒルズ)

日本ゴルフ界を支えてきたジャンボ尾崎にも、加齢による体力の衰えは避けて通ることはできません。来年1月24日には70歳 の古希を迎えます。「治療方法といっても強くすることしかなんだけど、それも年齢的にムリなんだよ。今年のオフも自分なりに頑張ってやってきた。それなのにダメなんだから、どうすりゃいいだろうって考えちゃう」

70歳を迎える来季の去就は確かに「重大な局面」に直面することになります。試合数をさらに減らしてでもまだ現役にこだわるのか。それとも前人未到のプロ通算100勝を達成した思い出のダンロップフェニックス(96年)を、生涯最後の1戦としてとどめるか。
決断が迫られるこのオフになりそうです。

【この記事は2016-11-21  ゴルフ会員権売買の老舗 (株)桜ゴルフ『児島宏のグリーン見聞記』に掲載したものを転載しております】

1 個のコメント