ミシェル・ウィーの失格にみるジャーナリズム スーパースターのルール違反と自浄作用 ~宮崎 紘一~

ゴルフジャーナリストからの『提言』- 2006年ゴルフ界へ –

提言!苦言!証言!「2006年日本のゴルフ界を点検する」ゴルフ界の進歩と飛躍に必要なものは何か?
日本のゴルフ界も一時の「すべてがドン底」という状態から抜け出し、明るい話題や、その予兆を感じさせるようなニュースが時々報じられるようになった。そこで、当協会の会員が、この流れをさらに加速させるための提言!逆流させないための苦言!そしてこれまであまり報道されてこなかった証言!を、各自テーマを絞って執筆した。


ミシェル・ウィーの失格にみるジャーナリズム スーパースターのルール違反と自浄作用 ~宮崎 紘一~

米国の女子プロ、ミシェル・ウィー(16)は今や世界のプロスポーツのスーパースター。

写真提供/Golf Classic

写真提供/Golf Classic

そのウィーがプロ転向直後にルール違反で失格という厳しい洗礼を受けたのは記憶に新しい。それを指摘したのは米国のジャーナリストだった。この例でもわかるように、米国には、〝自浄〟作用が常に機能している。

疑惑は疑惑と告発する米国ジャーナリズム

05年10月、かねてからプロ入りが噂されていた天才女子ゴルファーのミシェル・ウィーが遂にプロ転向した。そして全世界が注目する中で、プロデビューしたのがサムスン世界選手権だった。

事件は3日目に起きた。ブッシュに打ち込んだボールをアンプレアブル宣言でドロップした。彼女は1打を付加してホールアウト。ところがこれを近くで取材していたゴルフ記者が、この処置に疑問を抱き、競技委員会に報告した。そして最終日プレー終了後に、まずテレビのモニターで確認。しかしブッシュのため詳細が判明せず、ウィーと競技委員、くだんの記者が問題の現場に同行し、慎重な検証の結果、ウィーが本来のドロップ位置より30センチほどグリーンに近づいてドロップしたことが判明。結局「誤所」からの2打罰を加えなかったことによる「過少申告」で失格となった。

問題はこれが、取材記者によって告発されたことである。伝え聞いた情報では、スーパースターのルール違反だけに、告発するのに相当な勇気を要したこと、更にファンや関係者からも冷たい眼で見られたそうだ。

それでも疑惑は疑惑と、告発したところに、米国の本質を曲げてはいけないという良心が感じられる。

かつてボビー・ジョーンズは、全米オープンで誰も見ていないところで、アドレスした際かすかにボールが動き(と感じたよう)それを正直に申告、結局その1打が命取りで優勝を逃したことがある。その行為に際して称賛の嵐が起きたが、ジョーンズは「皆さんは銀行強盗をしなかったからといってその人を誉めますか。私はただ当たり前のことをしただけです」以来ジョーンズの精神が、米国ゴルフ界の伝統として受け継がれている。「ゴルフを歪めてはいけない」くだんの記者新聞社も周囲の反発を覚悟しながらその精神を全うしたに違いない。

有名大物選手には甘いジャッジが下される日本のトーナメント

だが悲しいかな、日本にこうした精神があるかというとはなはだ疑問だ。例えば1997年の中日クラウンズで尾崎将司選手は、ラフにあるボールの手前をドライバーのソールでいつものようにトントンと叩いた。それを見た同伴競技者のG・ノーマン選手が「ライの改善のルール違反になるからやめなさい」と強い口調で注意した。その騒ぎを聞いて競技委員が駆けつけたが、判定は「日本と米国では芝の質が違うから」と意味不明の説明で不問にしている。しかしマスコミはこの問題を、ほとんど無視した。だがこの事件は後日米国のマスコミで大々的に報じられ、日本のゴルフの信用は失墜した。もしあの時、競技委員が大物選手だからといって遠慮せず、きちんとペナルティを科せば、以後尾崎選手も改めるし、プロゴルファー全体もルールに関してもっと真摯に対応するようになったかもしれない。ノーマン選手はあのとき「ルールは誰に対しても平等で、世界共通でなければいけない」と貴重な言葉を残したのに…。

3年ほど前には、女子プロツアーのリゾート・トラストレディースで当時中学生だったアマの金田久美子選手が、応援団の声援を「いいアドバイスをいただきました」と発言、その言葉尻を捕らえられて「アドバイス違反」の処置を受け、その罰打を加えなかったとして「過少申告」で失格になった。ルール上から見てもアドバイスは「求めたとき」のみ科罰される。たとえ知り合いでも、一方的に声をかけられたのはアドバイス違反にはならない。だが女子プロ協会は、「今後のためにも」と理屈にならない理屈と間違った解釈で無実の人間を失格という冤罪にしてしまった。これは重大な事件だったが、またしてもマスコミは問題にしなかった。またこの処置を後日報告されたJGA(日本ゴルフ協会)も「あれでいいでしょう」と何の説明もせず、認めてしまった。筆者を含め一部マスコミも「重大な誤審」と活字にしながら、何ら反論も解説もなかった。

金田久美子選手は、日ごろの行状や、大人受け悪い態度もあって目の仇にされている。05年の日本女子オープン2日目には、同伴競技者の木村敏美選手から、「グリーン上でリプレースの際、ボールを元の位置よりカップに近づけている」と猛烈な抗議を受けた。結局競技委員が立会い、数ホール監視、抗議を受けて7ホール目で、元の位置よりカップに近づけたとして2打罰を科せられた。この処置で応援していた父親がそんなことは絶対していないと反論。折りしも彼女の特別番組作成のために取材に来ていた九州テレビのフィルムを提出した。しかし競技終了後のため、JGAはこのフィルムを検証せず、事件は陽の目を見ずにうやむやになってしまった。尾崎選手のような力の強い者には甘く、中学生には厳しい。これでは何のためのルールかわからない。またルールは一般ゴルファーのためにある。ゴルフ団体もマスコミもそれを正しく伝えるのが使命のはず。ウィーを告発した米国のジャーナリストがはからずも日米の違いを浮き彫りにした。