激変、ゴルフ用品市場の「今」 ~ 片山 哲郎~

ゴルフ用品業界に訪れた激変の時代

ゴルフ用品市場を取り巻く環境が、恐るべきスピードで変わっている。
三月、都市開発の森トラストは全国60店舗を運営する「ヒマラヤ」の発行済み株式7%を譲り受け、業務提携を行なった。森トラストは国内76施設、延床面積50万坪を超える商業施設を展開しており、そのため多くの会員が存在する。ヒマラヤが扱うスポーツ用品を会員に販売、併せて情報や運営技術の提供で共存共栄を図る目的だ。
同じ月、首都圏52店舗の食料・生活用品チェーン「オリンピック」がゴルフ専門子会社の「OSC」を立ち上げた。従来は系列35店舗でゴルフ用品を販売、28億円の実績だったが、今後は200坪の売り場を主体に「30店舗150億円」を目指していく。
さらに四月、全国にスポーツ量販101店舗を構える「ゼビオ」が「ヴィクトリア」(64店舗)を買収、子会社に収めた。両社の一本化で売り上げは1300億円規模へと飛躍するが、これは最大手「アルペン」の1550億円に迫るもので、激しい衝突が予想される。
以上、僅か二ヶ月で起きた「激震三連発」の顛末だ。
既にお気づきだと思うが、これらの動きに共通するのはいずれも流通業界の再編で、「改革」は小売りの専売特許になっている。周知のように、近年ゴルフ用品市場は目まぐるしい変化を見せている。全国220店舗の「ゴルフパートナー」を筆頭とした中古チェーンの台頭、ポイント還元の割引を武器に家電量販の積極参入、全国80コースを運営する「アコーディア・ゴルフ」も販売業へ意欲を見せ、GDOなどネット販売も勢いを増しそうだ。
これに先述した大型再編が加わることで、流通の風景は一変した。この間、メーカーは呆然と立ち尽くしている印象で、どこへ流されていくのだろう::、海原に漂う心境に違いない。
メーカー資本と流通資本、そんな対立軸で昨今の風潮を語る向きは多い。二木ゴルフ社長の二木一夫氏は、「物不足の時代はメーカー優位。物余りの成熟市場では選択肢の勝負になるため流通優位が現れる」と断言する。
ゴルフ市場へ新規参入が相次ぐのは、「他の産業に比べてゴルフ市場はメーカーの抑止力が効いていた。商品の付加価値を維持するため大量の宣伝や流通の差別化、プロ戦略など、あらゆる技術を活用している。ここに目を着けた異業種が、メーカーの価格統制を崩して雪崩れ込む。当然の動きと言えるだろう」
新手の流通業者はブランドの価値を壊すことで「生活者の味方」を演出し、版図を広げる目論見だ。

家電業界とゴルフ用品業界の違い

日本電気大型店協会は四月下旬の総会で、八月末の解散を決議した。一九六八年に設立されたこの団体は七五年に加盟93社を誇っていたが、勢力を拡大する大手4社(ヤマダ電機、ヨドバシカメラ、コジマ、ビックカメラ)は最後まで加盟を拒み続けた。今年、加盟企業は30社にまで激減し、その総売り上げは二兆円。業界トップ(ヤマダ電機・一兆円)の二倍でしかない。
そのため旧勢力はシェアを失い、シェアこそすべてのマーケットで急速に発言力を失った。そう考えれば解散は、資本主義の掟に従った結果と言えるかもしれない。
先頃決算を発表したソニーは主力のエレクトロニクスで5兆円の売り上げを記録したが、この事業の赤字は解消できていない。安売りの常態化で原価率が上昇したことが原因で、「流通対メーカー」の構図は日増しに激しくなっている。
問題は、ゴルフ用品業界も同じ道を歩むのか、という点である。さるゴルフ用品メーカーの幹部はこう説明する。
「再販価格の維持は消費者の利益を損なうため、法律で厳しく監視される。本来は流通強者のメーカーが川下の小売業へ圧力をかけるのを防ぐ目的だが、今は立場が逆転している。川下からのプレッシャーは時として、メーカーを脅かすまでに成長した。メーカーの存在する意味を、改めて問い直されている」
メーカーが存在する意味は、技術進歩で商品の利便性を高め、消費者のメリットを満たすことに尽きるだろう。広義では、進歩的な商品を大量生産によってコストを下げ、大衆に広げる目的もある。
しかし、この文脈にゴルフ用品を置いてみると、少し異質なことに気づくはずだ。生活必需品ではないゴルフ用品は、ブランドによって消費者の内面を満たす要素を備えている。必ずしも値段がすべてというわけではなく、ミズノの水野明人副社長はこの点を次のように強調する。
「たしかに家電量販は物凄いパワーを発揮しているが、ゴルフ用品と家電の違いは、前者がよりコンサルティング型ということだ。フィッティングやカスタムの要素が強いため、必ずしも家電の後追いにはならないし、そうしてはいけないと感じている」
流通多チャンネル時代がもたらしたものは、賢い買い物を志向する消費者と、値引きされない付加価値を実現したいメーカーの、二面性の衝突でもある。どちらか一方が肯定されるものではないだけに、問題の根は相当に深い。

大手流通業者の市場拡大による影響

大手流通業者がこのままの勢いで勢力を拡大するならば、その果てに一体何が起こるのだろう。
最大の懸念は大手量販店の取引条件に対応できない中小メーカーが続出し、脱落者が出ることだ。趣味品であるゴルフ用品には多様なブランドが存在し、選択肢が豊富にある。仮に中小が脱落して大手NB(ナショナルブランド)だけになれば、消費者は選択の幅を失ってしまい、消費を刺激する様々なコンセプトも失われる。
こういった弊害は専門店にも及ぶだろう。平均的な専門店は20種類程度のブランドを備え、利益率を配分しながら全体の経営を考える。価格競争に巻き込まれやすい大手NBに集約されれば、小規模店の利益確保は難しく、総じて窮地に陥ってしまう。
某日深夜、さる零細メーカーの社長から呼び出されて相談を受けた。「会社を清算しようと思う。息子も頑張っているけれど、時代の急変にはついて行けない… …」
中小メーカーや専門店の疲弊を「時代の趨勢」と片付けるのは簡単なことだ。しかし、こういった企業の退場はゴルフ市場にとっても痛手である。
たとえば、坪効率重視の複合大型店は不採算商材の撤去を躊躇わない。ゴルフクラブはゲームソフトなどと比べて占有面積が格段に広く、コンサルティングが必要など扱い難い商品だ。大手流通企業の進出で専門店が閉店し、さらに大手の売り場からゴルフ用品が撤去されれば、その地域のゴルファーは「買い場」をなくすことになる。専門店は地域ゴルファーの振興を担う側面もあるだけに、市場に与える影響は計り知れない。
こういった危険性を予測して、「専門店支援」に乗り出すメーカーも現れた。ミズノは過去3年間、積極的な流通整理を進めてきたが、今年から専門店対策を核とした反転攻勢に乗り出すという。
「バブル時代に600億円を超えたゴルフ事業は現在、3分の1にまで縮小したが、今後は過剰供給を抑制しながらブランド価値を高めていきたい。そのため我々の商品を大切に売ってくれる専門店を支援する」
具体的には中小企業診断士の派遣である。必要とあればバランスシートを読み込んで財務内容を把握、これに基づいて経営指南まで行うもの。さらに商品の販売技術を高めるカスタムフィッティングの資格認定制度を導入し、認定店には価格競争に巻き込まれにくい特別仕様品を提供する。将来的にはクラブ売り上げの3割をカスタムで構成する計画だ。ミズノの支援策が一定の成果を挙げるなら、追随メーカーも現れるだろう。

勝ち組と負け組の分かれ目とは

ところで、あたかも旧勢力の代表として位置付けられる専門店に対して、ニューカマーは敵対関係に置かれがちだが、こういった二分法はすでに陳腐と言えるかもしれない。実際のマーケットは新旧勢力が渾然となって形成しており、旧勢力が新勢力の良いところを学ぶ、その逆もあり、という状況になっているからだ。
両者に一致するのは「ゴルフ市場の拡大」で、これが達成できなければ不毛なシェア争いに終始する。過去の取材ノートから、新勢力トップのコメントを引いてみよう。

アコーディア・ゴルフ
竹生道巨社長

「私の頭に『業界のため』というのはないんです。全てはゴルファーのためですよ。これを実践できなければ当社の将来は期待できず、結果、業界のためにもなりません」

GDO 石坂信也社長
「仮にうちが一定の成果を収めたとすれば、ゴルファーの不便を解決できたからだと思います。ビジネスにマジックはありません。かつて二木さんやアルペンさんがやったことを、GDO流にアレンジしただけ」

ゴルフパートナー 石田純哉社長
「我々の参入形態は中古チェーンというものですが、いつまでも中古にこだわるつもりはないですね。新品と中古の販売比率も、敢えて言えばどうでもいい。消費者のニーズを汲み取って臨機応変に対応します」

いずれもゴルファーの不便を埋める立場で発想し、これをすみやかに実践した。ゴルフパートナーは店頭の消化動向を瞬時に捕捉、人気商品は売価を500円刻みで20回も変えるというが、「臨機応変」の言葉にはこういった実効性が含まれている。

旧勢力と新勢力、そんな二分法は陳腐である。敢えてふたつに分けるなら、それは需要に鈍感な体質と敏感な体質ということになるだろう。

今後、ゴルフ用品市場はどのような推移を辿るのか。流通の激変は一見、販売業優位の印象だが、実は大手流通もアキレス腱を抱えている。一例にフットロッカーとナイキの対立があった。前者は世界的な販売網を持つスポーツシューズの専門チェーンで、最大手のナイキとは安売りを巡って対立した。結果、ナイキに軍配があがったのは、小売りは物がなければ成立しないというごく単純な理屈による。

小売りの体質をもうひとつ言えば、現状追認主義でもある。価値を創造するのではなく、メーカーの作った価値をどのように料理するかがその仕事だ。さらに言えば、

「流通チェーンの最大の難所は、出店が止まったときに発生する。出店中は在庫が回り、キャッシュフローも流れるが、一度止まると不採算店の閉鎖や人員整理、デッドストックの表面化など、隠れていた問題が噴出する。メーカーはそのとき主導権を握れるし、カウンターパワーの小規模店を支援しながらブランド価値を維持できる」(大手メーカー幹部)――。

いずれにせよ、消費者の需要を満たした企業が勝ち残るのは間違いない。流通多チャンネル時代の到来は、物の選択肢だけではなく、サービスの選択肢も広げていく。