「飛ぶクラブ」は要らない ~ 菊谷 匡祐~

From member’s Voice 今回のメンバーズボイスでは、今年新たに入会された菊谷匡祐氏に寄稿していただきました。毎回、テーマ自由のメッセージをお寄せいただいているのですが、菊谷氏が選んだテーマも、やはり「ドライバーヘッドの反発係数」にまつわるものでした。


 

「飛ぶクラブ」は要らない
菊谷 匡祐
現下、ゴルフにまつわる事象でわたしの関心事は、「飛ぶ用具」の行く末である。
確かに昨今、ボールは飛ぶようになっているのだろう。特殊金属を装着したクラブの、トランポリン効果だそうである。あるいは、スピンもかかって飛距離も出るボールもあるとか。ひょっとすると、ボールが飛ぶようになったのは、シャフトの進化ゆえかと思えないでもない。いずれにしても、今やボールは飛ぶらしいのだ。
それかあらぬか、USGAは反発力の高いクラブを規制しようとしてきた。もっともなことだ――と、わたしも思う。ボールはやたらと飛ぶ。結果、コースは相対的に短くなる。パー4ホールは、軒並み2打目はショートアイアンになる。パー5はたいてい2打で届く。オーガスタ・ナショナルの15番の2打を、タイガー・ウッズがPWで打ったりするご時世なのだ。このまま事態が推移すれば、全米オープンを開催するコースがなくなってしまう――とUSGAが憂えるのも、当然ではないか。

一方、R&Aの方は異なった意見を持っていたらしい。要はボールが飛ぶのは、クラブの反発力だけによるものではない――というわけだ。それゆえ、高反発クラブも制限していなかった。なるほど、言われてみればこれにも一理ないではない。ボールが飛ぶのは、装着したシャフトのせいなのか、ボールそのものが飛ぶようになっているからなのか、さっぱり判然としないからである。
その相反する立場の両者が折り合い、反発係数0・860までのクラブを、来年から5年に限って認めることになったと聞く。逆に言えば、0・860以上の高反発クラブは使えないわけだ。R&AがUSGAの顔を立てたものなのか、何とも奇妙な結果というしかない。
R&Aの傘下にある日本のクラブメーカーの多くは、反発係数が0・860を超えるクラブの開発に着手していた。が、それも、この度の両者の歩み寄りで、ご破算にするのを余儀なくされる。世界のゴルフ界を取り仕切る上部団体の、科学の成果がゴルフ用具にも援用されることへの、長期的な見通しが欠けていたゆえである。災厄と言うしかない。メーカー各社には同情する。
そう申しあげた上で、わたしは高反発クラブをはじめとする「飛ぶ用具」の開発競争に、いささかの疑義がないではない。確かに、ボールは飛ぶようになった。それはプロのトーナメントを見ていれば、ただちに了解できる。USGAが憂えるように、飛ぶ用具はゴルフの将来を危うくしかねないのだ。
しかし、一方、アマチュアレベルで見ると、飛ぶ用具を使いながら、十年一日、スコアを縮めるゴルファーがまずいないのである。飛ぶクラブ・飛ぶボールで飛距離を伸ばせれば、2打以降はより短いクラブで打てる(はずだ)。以前より、ピンに近く乗る(はずである)。とするなら、確実にスコアは縮められる(はずである)。にもかかわらず、自分も含めて周りを見渡しても、飛ぶ用具でめざましいスコアを出すゴルファーは、皆無に近い。

極論すると、「飛ぶ用具」はアマチュアゴルファーに、何の利益ももたらしてはいない。相変わらずボールを曲げ、ダフリ、トップしている。確かに、真っ芯で打てばボールは飛ぶのだろう。が、上級者以外、なかなか真っ芯では打てない。クラブもボールも、正確に打てて初めて飛距離を伸ばすのだ。逆に言えば、真っ芯で打てれば「飛ぶ用具」でなくとも、結構ボールは飛ぶのである。
昨今、中古クラブ屋が大繁盛だ。のぞいてみると、新品同様のクラブが多い。察するに、飛ぶと称するクラブを買って打ってはみたものの、目論んだ結果が出ないゆえに、また新たなクラブを買うために売り払ったものだろう。この買う・売るという連鎖をいくら続けても、究極のクラブは手にできない。いつも、もっと他に飛ぶクラブがありそうに思えるからだ。
今やゴルファーは、「飛ぶ用具」という概念に振り回されているのではないか。「飛ぶ用具」の恩恵をこうむっているのは、プロとアマチュアでも上級者だけである。だから、「飛ぶ用具」競争はそろそろやめた方がいい。
それでも、業界の活性化のためには、新製品の開発は不可欠だ……と言う人があるかも知れない。が、「消費を刺激しなければ景気は浮上しない」という、アメリカ型のいわば欲望の再生産による消費の連鎖に基盤をおく経済は、早晩、破綻しないわけはない……とわたしは考える。
異論もあるだろう。反論をお待ちする。

菊谷匡祐(きくやきょうすけ)
1935年生まれ。リーダーズ・ダイジェスト社を経て文筆生活に入り、ルポ、翻訳などを手がける。著書に『開高健のいる風景』『世界ウィスキー紀行』など。訳書にニール・シーハン『輝ける嘘』、ボビー・ジョーンズ『ダウン・ザ・フェアウェイ』、ジャック・ニクラウス『自伝』など多数。